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実:ここは……俺の家?あれ?なんで? 映:流石に君まで上書きしちゃ、話が進まないからね。君はそのままにした。がはっ! 実:おい大丈夫か!血!血吐いてるじゃんか!どうしよ、取り敢えず水! 映:いやいい……それより、私のギターケースをこちらにくれ…… 実:え……あぁ、あんたが背負(しょ)ってた奴か……重っ!何入ってんだ、これ。 映:ははは……。例えば……よっと。林檎、とか入ってる。 実:……なんでさ。 映:……これしか食べられないからさ。 実:……は? 映:そんなことより、君に質問だ。これは何だね? 実:は?鏡だろ。 映:そうだとも。だけど、普通じゃない。  実:何が違うんだ?高いのか?貴重なのか? 映:いいや。市販の鏡だよ。最近の鏡は安いのによく出来てる。まったく、技術の進歩に関心するよ。 実:はぁ、まぁそうだろうけど。じゃなんだ、何が普通じゃないんだよ。 映:君だよ。 実:は? 映:この鏡はただの鏡だが、君が見てるのは尋常なものじゃない。もっと言えば、君が今見てる鏡像は、それはそれは恐ろしいものなんだよ。 実:??? 映:さて、これから、この鏡におまじないを掛ける。この鏡は、実像の虚像を映し出すという、ごくごく普通の鏡だ。須く真実の虚像を映し出し、一切の調整、改竄を遮断する……あの恐ろしい鏡さ。ここに映る虚像は、君の見ている虚像よりよっぽど真像だ。さぁ、目を背けず、しっかりと見るんだ。 実:――!!!うわ!うわぁぁぁぁ!!! 映:逃げるな!動くな!目を背けるな!しっかり見るんだ!私ではなく、鏡を!君を!君自身と向き合うんだ!何が映っている?何が見えている?答えろ!! ミノル:俺が!!!俺の!!俺の、顔だ……本当の…… 映:あぁそうだな。これは、確かに君だ。君は何者だ。君の名前をはっきり教えろ! ミノル:ミノル……佐山蓑(さやまみのる)だ。 映:そうだろうとも。先に君の部屋を漁らせて貰った。これは君が大学生だった頃の学生証だな。佐山蓑くん……君は風間実ではないわけさ。 ミノル:あ、あぁ……俺は……あぁ、確かにそうだ。でもなんで…… 映:ここ最近、変わったことは無かったかい?例えば、蛇に出会った、とか。 ミノル:蛇……?わからない…… 映:そうかい。なら、林檎を渡されたことは無かったかい。 ミノル:林檎……林檎……くあ…… 映:そう、林檎だ!君は受け取った筈なんだ、覚えてないかい? ミノル:渡された……様な気もする。 映:!!!そいつは、どんな容姿をしていた?いつ渡された?場所は? ミノル:くあ……く……駄目だ、思い出せない。 映:そうか……いや、すまない。そうだろうと思ってはいたんだ。 ミノル:これは一体、なんなんだ。何が起きてるんだ。 映:……君を殺そうとした者達が居ただろう。三人組の。 ミノル:あぁ…… 映:彼らは陰陽師でね……いや、一人はそれとは違うみたいだったが、まぁ概ね同じようなものだろう。彼らは、この世に蔓延る超常的なものを退治する者……と言えばいいだろうか。よくないモノを祓う、専門家達さ。 ミノル:なんだそりゃ…… 映:君、さっきからずっと、自分が林檎を握りしめていること、気付いて居るかね? ミノル:えっ……  !!! なんで!? 映:今日、私が会った時から。いや、会う前からずっと、君は林檎を握りしめたままだ。 ミノル:なんで…… 映:君が蛇から受け取った権能を行使する為の条件だろうね。君は林檎に触れている限り、その権能を行使し続けられる……らしい。 ミノル:権能……? 映:君が蛇神から受け取った林檎の権能……私なりに名付けるなら、「迷彩」といったところだ。その迷彩の林檎は、自身の姿を都合よく認識させる。君が見られたく無ければ見られないし、イケメンに見られたきゃそうなる。それも周囲だけでなく、自分自身すら欺く、達の悪いまやかしさ。君はその権能によって、あのメイド喫茶で働く君のイヴ、美山志保……しーちゃんの彼氏、風間実に成り代わった訳だね。 ミノル:映……お前は俺を始末する、そう言ったな。 映:言ったね。 ミノル:なんでか、一応聞いてもいいか。 映:君の権能は……いや、林檎の権能は、世界の在り方を捻じ曲げるものだ。君がその権能を行使することで、世界が少し歪む。小さな歪みは少しづつ重なり、大きな(ひずみ)歪を生み出すんだ。今回の件では、その歪に飲まれ、二人の存在がこの世から抹消された。 ミノル:しーちゃんの彼氏…… 映:そうだね。そして、君もだ。佐山蓑くん。 ミノル:俺は……俺なんか、別に、どうでもいい。 映:私はね、表面を取り繕うことが、酷い事だと思わない。寧ろ、よく見せることは良いことだと思っている。だから、君が権能をふるい続けるというのなら、手を引こう。 ミノル:退治しないのか。 映:まぁね。私は別に、犠牲者が出ようとも、知った事ではない。君とこうして話がしたくて、ああ言ったがね。 ミノル:マジかよ…… 映:でもね、蓑君。権能を手にした者が恋愛を成就させたことはないよ。 ミノル:!? 映:蛇神はね、恋愛好きなんだよ。彼女は面白い恋模様を眺めるのが特に好きな様でね……達の悪い神様さ。 ミノル:つまり…… 映:一生、終わらぬ恋に嵌るだけさ。それだけじゃない。林檎の寵愛を受けたものは、林檎以外を口に出来なくなる。君も経験したはずだ……味覚、少しづつ無くなっているだろう。 ミノル:な、え、そうだったのか…… 映:気付いてなかったのか。なら授かってすぐ、か。それにな、聴覚も、視覚も、触覚も……あらゆるものが衰弱していく。それでいて、林檎を食す限り、死ぬことはない。林檎を授かった者の末路は、愛すよりも苦しい生き地獄に耐えられなくなり、自ら命を絶つ。貧乏くじだよ。 ミノル:そうか…… 映:あの蛇にそそのかされたんだろう。君は、禁断の果実に手を染めた訳だ。可哀想に。あまり気にすることじゃないよ。確かに、君は過ちを犯した。ただ、君は自身の強い恋心を利用され、弄ばれた被害者だ。こんな恐ろしい果実が世界に存在してただなんて、思ってもみなかっただろう?これは過失だ。罪ではあるが……まぁ、許されざることではないよ。 ミノル:俺は、表面的な価値が、憎い。 映:うん。 ミノル:人は外見じゃない、中身だって、そう信じてきてた。 映:うん。 ミノル:俺は別に、不幸だとは思ってなかったよ。世の中、結構いいもんでさ。ぶっさいくでも、デブでも、腹から笑える友達だって一杯いてさ。ゲームしたり、飯食ったり……彼女なんか、全然いらなかっただよ。マジで楽しくてさ。 映:いい世界に、巡り合えたもんだね。 ミノル:ああ。でもなぁ、本当になぁ、時々、すげー熱くなるんだよ、燃え上がるくらいに、好きな人が出来るんだよ。でさ、俺身の丈に合ってないってわかってんのに、それでも馬鹿みたいに頑張っちゃってさ……でも、でも…… 映:うん。 ミノル:あいつらさぁ!!見向きもしねぇんだよ!!見た目で足切りしてさ!ゴミみたいな性格の、見た目だけの屑野郎ばっか選びやがるんだ!!どんなに頑張っても、俺はキモくてよぉ!!もう……もう、嫌になっちゃって…… 映:うん。 ミノル:メイド喫茶に行き始めたのは、腹いせだった。金積めばニコニコする表面だけの屑女でも見てやろうって、見下してやろうって、行ったんだ。 映:うん。 ミノル:楽だった。心地よかった。どうせ恋愛になりゃしない、そう思ってたら、楽で、楽しくて。気が付いたら通い詰めてた。 映:うん。 ミノル:しーちゃんは、俺のお気に入りだったんだ。口が悪くて、サービスも悪いんだ。でもさ、それでいて、よくくだらないお喋りをしに来るんだ。しーちゃんはよく、「仕事をサボりに俺の卓に来る」、なんて言っててな、それが嬉しかったんだと思う。 映:そうかい。 ミノル:だから、俺は、また間違えた。とぐろを巻くように、同じとこに戻ってきた。 映:ああ。 ミノル:映、俺を殺してくれ。俺は、自分が一番憎んでいたものに、手を出した。いや違う。憎んでいながら、きっと、一番欲しかったんだと、思うよ。でも、それでも、俺は、今の俺は、一番……醜い。 映:わかった。なら、アダム。私は君を殺すよ。願うのならば。さて……と。 ミノル:それは。 映:天叢雲剣。知っているだろう、男の子、こういうの好きだもんね。ああ、本物じゃないよ。本物だけど。名前が同じなのさ、名前がね。さて、目をつぶろうか。呼吸を整えよう。大きく吸って、はい少し止めて。よし吐いて。もう一度吸って、吐く。吸って、吐いて。吸って…… 君は勇敢だよ。 そして、正義感も強い。 私は言ったけどね、表面を取り繕うことを、悪いことだなんて思わない。 けど、君は否定する。それは、誇るべき君の拘りだ。 だから、君はまた苦しむよ。 でも、それでも。 君が掴む恋はきっと。 誰よりも本物だ。 さぁ、目を開けてごらん。 ミノル:ん……ん?あれ? ミノル:……映?
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