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5
同じ冬、歯科医師として名取沙綾に攻撃した田村繁和は、探偵に付け回さるようになる。
(同業者……?)
危険を恐れて友の会幹部に相談する。
「友の会が2つもあるわけ無いじゃないか。気のせいだろう」
相手にされなかった。
沙綾をターゲットにしていたのは友の会。
人権が保証された現代、人権のない人間の需要は何処の国でもあるのだった。
もともと素材の良いターゲットを統合失調工作に陥れ、醜くぶくぶく太らせ、失明させ、最後に自殺させる拷問データは、各国の科学者、心理学者、変質者に人気があった。友の会は、別名、死の商人の会と呼ばれる。
その後、繁和は街ぐるみの嫌がらせを受けるようになり、ある時記憶が飛んで、目を覚ました時は浜田公立大学病院閉鎖病棟の中で、ベッドに拘束されていた。防弾ガラスのような強靭な窓の外は既に春になっていた。
家族に会いたいと看護師に訴えたが、全員電車の事故で集中治療室にいる、と聞いた。
数日後、ベッド前に、繁和が見たこともない青年がやってくる。
「誰?」
「君の兄だよ。仁っていう」
「年下じゃないか」
「遠縁の兄だからだ」
遠縁なら、年齢が逆転することもあるかも知れない。仁は言った。
「自分のこと、どのくらいわかってる?」
「オレは正常だ。家族に会わせてくれ」
「うん、もうちょっとみたいだね」
仁は細身長身、絵画の中の聖職者のような透き通った肌をしていた。
翌週も田村はベッドにがんじがらめ。仁がやって来る。
「自分のこと、どのくらいわかってる?」
「全然わからない」
「じゃあまだまだだね」
翌週も仁はやってきた。
「自分のこと、どのくらいわかってる?」
「統合失調です」
「わかったようだね。じゃあ情報提供してあげる。君はマンション5階から飛び降りたんだ」
「やってない」
「うん、まだまだみたいだね」
仁は翌週も、やって来た。
「自分のこと、どのくらいわかってる?」
「飛び降りました」
「わかればいいんだよ」
仁は冷酷に言うと、さっさと部屋から出て行った。
仁と一緒に浜田公大に潜入していた牧田は、自分の仕事を終え、軽い外出を理由に私服で正面玄関を出る。そして、駐車場の黒い車の中に滑り込み、そのまま発車。ブルーフェニックス本部に戻る。
田村にはおそらくインク弾は必要ないだろう。この先、統合失調患者として、永久に発言権を奪われ生きてゆくのだ。
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