あおい

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あおい

「先生のことが好きです」  自分はもう世界の何もかもを知っていますとでもいった、それはそれは大層な口振りで、初夏よりも熱を持った声と言葉には、正直、耳を奪われてしまいそうだった。遅れてきた青春、とでも自分を励まし受け入れ腹をくくるか、それとも、一時の感情だと丁重に払い除けるか。後者の方が、教師として最善の選択であろう。礼儀として、私は椅子から立ち上がった。  けれども言葉が出てこない。身の丈を合った恋をしなさい、立場を考えなさい、そう想うのは今だけだ、何も私を選ばなくても、言葉の目線が上から下へと折れていくのが何とも言えない、胸に鉛でも引っ掛けたような感覚だ。しかし、気を遣った言葉を選ばなければ、今後、教師と生徒という関係に支障をきたすだろう、それだけは避けたい。気遣いは、時に、自分を卑下しないとできないものだと飲み込む。 「申し訳ないけど、私は君をそういう風には想えない。ましてや、私は教師、君は生徒だ。この関係を大切にはしていけたらと思うが、私にとってはそれ以下にも以上にもならない。だから、本当に申し訳ない」  真摯な態度で頭を下げる私に、間髪を入れず、「関係ない」と強く主張し、大きな呼吸で肩を揺らして一歩、また一歩、私に歩み寄ってくる。勢い、勇気、本気、正しさ、素直、その足取りから、そんな青臭さがひしひしと伝わって、少し、手が汗ばんできた。   久しぶりに熱っぽい視線を向けられているそれに、不快感や厭らしさは覚えない。あるのは、教師であるからという建前と、非現実的な緊張感、そして淡い懐かしさ、最後のだけには何故か妙に心を突っつかれた。むず、むず、と白く柔らかなものが身体の真ん中辺りで蠢いてこそばいような、思い切り掻きむしりたくなるような不確かな感覚。しっかりするとかしないとかではない、本能的に反応してしまっているのだ。 「生徒だから、駄目ですか」 「それも、ないとは、言わないけれど」 「大人なら、どうですか」  どこまでも変わらないことを貫くこの問いかけを理解し難いと考えた私は、大人になっているのだと虚しくも自覚する。  他人の想いは決して誰にも分からないものであるが、可笑しなことに、本人でさえ、その想いに惑わされ現実を見失う事がある。それが恋だ。盲目とはよく言ったもので、その視界は「好き」に占領され、戸惑いや理性を無くし、その先を信じてやまなくなる、初めてなら尚更そうだ。そして、それに永遠はないということも、私はよく知っている、いや私でなくても、似たり寄ったり、ある程度大人になれば分かっている。
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