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けれども、いざ目の前にこうして表されると、どうしてか、「分からない」と答えてしまいそうになる自分もいて、私はふいっと顔を反らした。汗ばんだ手から、じわりと広がってきた熱で耳まで赤いのではないか、そんな恥ずかしさから、髪を掛ける振りをして悟られまいと隠す。先ほどの白く柔い感覚が耳元にやってきて、「だいじょうぶ?」と、からかってきているような気さえしてしまう。
今更ながら、最初にもっと強く断る意思を示すべきであったと後悔するが、もう遅い。少しだけ、きっと本気ではないとか、きっと冗談半分だろうとか、関係性からそんな失礼な期待をしていたが、それはおそらく逆、こんな関係だからこそ、一世一代の告白だと考えるべきだった。
目が、見られない。
もう、すぐそこまで、迫ってきている、ルーズリーフな空に迷いなく、まだ消えることを知らない真っ白な飛行機雲のような愚直さは、今の私には痛すぎる。
もう、不確かではない、明らかに、とっ、とっ、と跳ね始めた胸を誤魔化すことはできない。
赤く、身体を強張らせている私の耳に、ふと、「……になったら、」と、低く小さな呟きが聞こえ、途端にはっと顔を見合わせる。
あどけない顔つきが、決意に彩られ、がらりと印象を変えていた。驚きに息を呑むのと同時に、蛹から羽化したばかりの蝶のような美しさに目を奪われ、今度は離せなくなる。
「大人になったら、もう一度、告白します」
顔から火が出そうなほどの言葉を、こんなにも真剣に伝えれることが羨ましく思ってしまうのは、やっぱり、私が大人だから、だろうか。
赤らんだ顔を冷ますかのように、足早に教室を出ていき、遠ざかっていく足音に合わせて、鼓動がいつもの調子を取り戻していくことに、切なさがよぎる。本当に一人きり、がらんとし始める教室と切なさだけが残った私は、はあっ、とようやく一呼吸つくことができた。
熱に浮かされた後のように呆然としていたが、先ほどまで忘れていた、グラウンドを駆ける生徒の掛け声や、吹奏楽部の楽器音が、日常を呼び覚ます。しかし、頭の奥に、綿菓子のような甘い香りの霧のがうっすらとかかり、我に返ろうとするのを邪魔しているから、私は仕方なく、もう少し一人きりになることを選んだ。
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