0人が本棚に入れています
本棚に追加
「先生は、」
見透かしたようにそう呼びかけて、また、ふっと空気が止まる。何か躊躇っているようだった、少し顔を下げたあと、すうっと綺麗な呼吸が聞こえ、言葉が続く。
「告白されて、きっと、困ったのだと思いました。逆の立場だったら、自分もそうかもしれません。先生の返事は間違ってないです。先生として、当然だと思います」
思いがけない言葉だった、少し憂いを帯びたような低くも優しい声が、強張っていた身体をほぐしていくような感覚。嬉しい、自分で後悔していたあの返事を、不服でも理解し受け入れようとしてくれていることが、こんなにも嬉しい。また胸が締め付けられるが先ほどとは違う、痛みは似ているが決して嫌ではない、きゅうっと、心地の良いものに変わっていく。
しかしまた、素直過ぎる言葉が、私の耳をさした。
「でも、先生としてではなく、貴方の、今の気持ちを教えて下さい」
一際大きく脈を打つ心臓に顔が歪む。それと同時に深い溝を成している大きな一線が目の前に現れ、私の足元で、現実は低く唸りを上げ始めた。気持ちを口に出せば、その度に、一歩、また一歩、一線のすぐ側まで歩みを寄せなければならなくなる。出してはいけない、私は教師なのだから、大人なのだから。
しかし私は、無意識に「やめてくれ」と声を震わせていた。苦い唾がぬるりと喉の奥に流れ込んでくるが飲み込む余裕などない、私は先ほどまで思い悩んでいた膨大な黒がどんどん込み上げて止まらなくなり、また、ぽろりと涙を溢し始める。
「私は、君たちのように、自由ではない。君は、正直に、伝えられるかもしれないけれど、私に同じことを求めないでくれっ。
私の返事が間違っていないと思うのであれば、もう放っておいてほしい。それが当然なら、君の想いは、叶わないということが正しいのだから。教師、生徒、それでこの関係は終わり。もし、先があったとしても終わりはくる、今まで築き上げてきたものが虚しさと共に風化していくだけだ。好きになっても、仕方ないんだよっ! 」
やっと、吐き出すことのできた言葉たちは、耳が痛くなるほど寂しく、喉はぐちゃぐちゃに感情を詰め込んだように痺れていた。それでもこれが、今の正直な気持ちに変わりなく、心が軋むような音をたてる。
「……いつかは、終わります」
芯のある声が繰り返すその言葉は、頭の先から爪の先まで貫くように響いて、痛みを増していく。
だから、好きになっても、仕方ないのだ。
「だから、好きということを、伝え続けます」
最初のコメントを投稿しよう!