最終話

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最終話

「……終わったのか?」 「……はい」  ボルグのベッドの横に立っていたアメリアは、隣にやってきたウィルの言葉に頷いた。手を伸ばし、目を見開いたままのボルグの瞼を閉じる。  アメリアは、死んでなどいなかった。  ボルグがウィルから聞いた話は、嘘だったのだ。いや、彼の妻であったアメリアが死んだ、という意味では正しい。  何故なら、ボルグに愛を抱いていたアメリアは、  娼館に売られると決まったあの日、  最後に抱いて欲しいと願い、拒絶されたあの日に、  死んだのだから――  絶望したアメリアは、夜中、川に身を投げて死のうとしていた。それを救ったのが、たまたま通りかかったウィルだった。  冷酷だと言われているウィルだが、実は困っている人間を放っておけない優しい性格をしていた。そんな彼が、死のうとしている女性を、見殺しになど出来るわけが無かった。  ましてや、旦那の借金の肩代わりのため、娼館に売られるなどという話を聞いてしまっては……  今、屋敷には使用人がほとんどおらず、困っていた。何故なら、彼の機嫌を損なえば切り捨てられる、という勝手な噂が流れており、中々人が来なかったからだ。  だから彼女に、同じ売られるなら、自分の屋敷で使用人として働かないかと声をかけたのだ。  ボルグの借金を、自分が肩代わりしようと。アメリアが望むのなら、気持ちが落ち付いた頃、またボルグの元に戻ってもいいと。  大金ではあったが、倹約家のウィルには、一括で支払えるほどのたくわえがあった。どうせまた金は溜まる。それなら、長く屋敷で働いてくれる使用人が、一人でも増えてくれる方がありがたかった。  こうしてアメリアは、ウィルに買われ、彼の屋敷で働くことになった。  彼女は、非常に良く働いた。  真面目で仕事も丁寧。ボルグが言っていたような、無能な女性だとは思えなかった。数少ない使用人たちも、彼女の仕事ぶりを褒めていた。  だが、その瞳はいつもどこか空虚だった。   (きっと彼女の心は、あの時死んだのだ)    死んだように生きるアメリアが不憫だった。  そんな彼女を自分が幸せに出来たら――そう思った。  始めは、ただの親切心から手を差し伸べたが、深く傷ついた彼女を癒やし、今度は妻として、自分の支えとなって欲しいと願うようになっていた。  しかし、想いは伝えられずにいた。  そんなある日、ボルグが突然屋敷にやってきた。  だがアメリアは、会おうとはしなかった。ウィルに、自分は死んだことにして欲しいと言われ、言われた通りに伝えた。 「貴方の妻であったアメリアは……死んだのだ」  彼女の、光のない瞳を思い出しながら。  ボルグは肩を落として帰って行った後、ウィルはアメリアに想いを伝えた。  過去を忘れ、自分と一緒に新たな人生を生きて欲しいと――  しかしアメリアは首を横に振った。 「ありがとうございます、ご主人様。しかし私にはまだ……あの人への想いが燻っているのです。これが愛なのか、憎しみなのか……もう私には分かりません。ですが、もしあの人から『愛している』と言って貰えたなら……きっと何かが見える気がするのです」 「それが分かれば、前に進めるのか?」 「ええ、きっと……」  そして今、彼女が望んだ結末が訪れた。  死ぬ間際にボルグから、愛を告げられた彼女は、かつて愛した男の手を離し、別れを告げた。  満面の笑みを浮かべた瞳に、光が満ちる。  屋敷の者たちに後のことは任せ、ウィルとアメリアはボルグの屋敷を後にした。馬車でウィルの屋敷の戻る際、彼はアメリアに尋ねた。 「アメリア、これで前に進めそうか?」 「……はい。ありがとうございます、ご主人様」  そう言ってアメリアは微笑んだ。  ウィルが初めて見た、心から安堵した笑顔だった。それを見て彼女の言葉に偽りが無いことを知る。  アメリアの手をそっと握ると、彼女の肩が僅かに震えた。前を向いていた瞳が、こちらに向けられる。ウィルはその目を真っ直ぐ見つめて言った。 「アメリア、私の妻になってくれないか?」  この言葉に、アメリアの瞳が大きく見開かれた。しかしすぐさま潤んだ瞳を細めると、少し俯き、自虐的に唇をゆがめる。 「……私は、至らぬ点の多い女です。貴方様が望む妻にはなれないかもしれません。それでも……よろしいのでしょうか?」  それを聞き、ウィルは微笑んだ。  厳めしく相手に緊張感を与えてしまう顔が、優しく緩む。  そして、彼女の肩を優しく抱きしめ、柔らかな声色で囁いた。 「……ありのままのお前が……私の望む妻の姿だよ」 <了>
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