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「キサ、ちょっと」
御堂に呼ばれ、如月はソファの後ろまで行くと、足を止めて顔を顰めた。
「……その匂い、今日、お店にあったやつだろ」
無意識にいかにも不快だ、という表情を浮かべた如月は、ソファに座ったままの御堂の後頭部を眺めた。
「……こっち」
僅かに顔を上げ、如月を視界に入れた御堂が促すと、如月は顔を顰めたまま御堂の隣に座った。
「何」
つい、如月の声がつっけんどんになる。
ぐい、と御堂が如月の後ろから細い肩を抱き込んだ。相変わらず華奢な身体は、御堂の硬い腕に囲われて完全に身動きが取れなくなったことになる。
「……約束しろよ」
如月の肩に顔を埋め、御堂が低く呟くように言った。
「俺は、キサに、嘘はつかない。全部正直に話すから、信じるって」
「何だよ」
「指輪外すとか、出ていくとか、無しだって」
如月が目を丸くした。
何だ何だ何だなんだ⁉︎
「香哉斗?何がどうなってそうなる……」
「約束。…キサは、俺のものだって」
まるで、親に叱られる前の子どものようだ。
「キサ」
如月は半眼になり、そして苦笑した。
「わかった。話を聞いても指輪は外さないし、出て行ったりしない」
「絶対、だからな」
この、下から感じる半ば脅迫めいた、紅い瞳の鋭く刺さるような視線。
おいおいおい。
何の確認だ??
こくり。
気圧され気味に、とりあえず如月は頷いた。
「絶対に、指輪外したり、出て行ったりしない。…約束、する」
御堂は、如月を抱きしめたまま、目の前のローテーブルに置かれた箱を指した。
「灸、だ」
「は?」
「灸の、匂い。俺と神崎に、変な関係なんて、ない」
リビングの向こう側は中庭のようになっていて、ここで寝ることもないので、大きな窓は、紫外線を通さないガラスにしているだけで、もともとカーテンやブラインドなどはつけていない。
外はもう暗く、庭を囲むように植えられた木の隙間から、向こう側の光がところどころ透けて見える。
「詰まるところ、男女の大人二人で、お灸を据えてた、ということ?」
自分を抱きしめる御堂の腕の力は緩まず、なんとも言えない表情で如月が御堂に問いかける。
「全くどうこうする気もされる気もなかったけど、あいつにやらせると、こっちもどこ触られるかわかんねーし、そんなの気持ち悪いから、俺が、あいつの背中に」
如月の首筋に顔を埋めたまま、御堂が呟くように話し始めた。
「神崎が、Ω型の誘拐に関わってる妙なシンジケートと関係があるらしいってのを警察の知り合いから聞いた。キサが宅配業者に拉致されかけた時そいつに相談してたんだけど、その後もオフレコであれこれ情報もらってて。ただ、さすがに相手が相手だから警察もよほどの根拠がないと簡単に手は出せないから」
「香哉斗なら神崎さんが警戒しないだろうと思ったわけ?」
「そう。…キサに言うと、また変に誤解したり自分責めたりしそうだと思って、言いたくなかった」
「ちょっと、肩、重いよ」
「……無理。離さねーって」
おいおいおい…。
「んー……。それで?」
如月が温く笑い、御堂の髪を撫でてやっても、腕の力は緩まない。
「情報なら何でもよかった。とにかく、キサから危険を遠ざけたかった。…友だち同士でも、リラックスするとよく喋ったりするだろ?で、あいつが灸にハマってて、珍しいのがあるって言いだしたから、乗ってやった。確かに調べてみたら、これはちょっと珍しくて、その辺の量販店なんかで売ってるものじゃない。で、あとはキサの目撃通り。でも」
「うん?」
「あいつ、裸じゃなかったからな。肩のないワンピースに、上着引っ掛けて来てたから」
きょとん、と如月が目を丸くした。
「気持ちも身体の関係も一切ない。……それに、隠したかったわけじゃない。キサがやっと戻ってきてくれたのに、むし返して嫌な思いさせたくなかっただけ」
ああ。
そう言うことか。
だから、ところどころ赤かったり、肩が出てたりしたわけ……。
ここに来て、如月は妙に納得をしてしまった。
多分、本当にそうなのだろう。
御堂が如月だけしか見ていないことは、如月本人が一番よくわかっている。
「で、コンタクト外してたのは?」
「外したんじゃなくて、ズレてただけ。あいつが俺に触ろうとしたから、その攻防の結果」
「………」
なるほどね。なくは、ない。かな。
「香哉斗」
「……ん」
「離して」
「……やだ」
「駄々っ子か」
「何とでも言え」
「離せって!」
「……」
如月がやや強く出ると、御堂はゆる、と腕の力を抜いた。
しゅん、と叱られた子どものように項垂れて顔を上げようとしない御堂に向き直り、如月が顔を覗き込む。
「なんて顔してるんだよ」
ふわりと笑った如月が、そっと御堂の銀の頭を引き寄せた。
「約束しただろ。俺のこと、もっと信用したら?」
ぎゅ、と両手で抱きしめる。
「香哉斗の人生、俺がもらったんだよ。こんなに」
愛おしげに、そっと銀の髪に口付けて。
「俺はこんなに、香哉斗が好きなのにさ」
柔らかく如月が笑う。
見開かれた御堂の眼もふわりと微笑み、ぎゅ、と如月を抱きしめ返した。
「仲直りの、キス」
そっと御堂が如月にキスを強請れば、
「ケンカなんてしてないだろ」
ツッコミが入りつつ、眼を閉じた如月が顔を上げて応じた。
唇に軽く口付けて啄めば、御堂の指が如月のウエストに滑り込む。
「ちょ、っ、香哉斗!」
「仲直りの」
「だから!」
する、と直に背中を撫でられて如月が息を詰めた。
「ケンカ、してな……っ!!」
ひく、と如月の喉が鳴れば、御堂が捕食者の笑みで唇を舐めた。
「無理。もう、止まんない」
御堂は、如月が本当に嫌だと言えば、絶対に無理強いはしない。
そんなことは、ちゃんと解っている。
いつもとは逆に、紅い瞳に上目遣いに見つめられ、
「な?……お願い」
あろうことか、この俺様αに可愛らしくお願いされてしまえば。
「なあ、キサ」
「も……うっ!」
崩落。
真っ赤になって、
もう一度、蕩けるような口付けをされ。
くそーーーーーー……!!!
如月を知り尽くした指に、唇に。
それだけで、
声も出せないほど身体も頭も溶かされかけて、
涙目で睨んだところで迫力なんてひとつもなく、
相手を煽り立てるだけ。
「―――――――っ!!」
天下のα嫌いのΩも、
天下のオレサマαも、
惚れた相手にかなう訳がない。
結局、
どちらも、惚れた者負け。
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