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やばい。
『っとに、あんたは、いつまで会わせないつもりなの?さっさと連れてきなさい!!おまけに、明日は雨が降るわよ!!ほんとに腹が立つ!!』
……久々に、鬼を見た。
「キサ。……キサ!」
揺り動かされて、如月は眼を開いた。
「……香哉斗?」
部屋の中は、薄明るくなっている。明け方か。
眼の前の紅い瞳が「ほ」と僅かに細くなった。そっと背中から抱き起こされ、ぎゅ、と抱きしめられた。
「急にうなされてもがくから、びっくりした」
やや呼吸が浅くなっている如月を抱きしめたまま、子どもをあやすように、とん、とん、と御堂が如月の背中をゆっくりと撫でる。
「はーーーーー。びっくりした。。。。。。もー……」
「どっちがだ。俺の心臓が止まるかと思った」
細く息を吐き、如月が身体から力を抜いた。
「今日って、6月の、…………15日だよね」
下を向き、御堂のTシャツを掴んだまま如月が小さく聞いた。
「そうだよ。6月15日」
んーーー。
明日は、雨が降るのか。
そりゃあ、……ダメだ。
「あのさ」
「うん?」
「明日、行きたいところがあるって言ってたよね」
「ああ、K市だっけ?」
「明日、雨が降るみたいだから。……今日でもいい?」
御堂は、カーテンの隙間にチラリと視線をやった。
明日の天気予報は見ていないが、確かに、今日はきれいに晴れそうだ。
「いいよ。行くか」
「うん。たい焼き買って」
「いいけど。てか、目的を聞いてなかったな」
「お墓参り」
「誰の?」
「みやびさん」
「お祖母さんとこ?」
御堂がそっと如月から体を離し、俯いた顔を上げさせると、如月は少し困ったように御堂を見上げた。
幸村みやびは、如月の祖母であり、育ての親だ。親との関係がうまくいかなかった如月を小さな頃に養子縁組をして引き取り育てた、一世を風靡した大物女優だが、何年か前に交通事故で亡くなっている。
如月は彼女を幼い頃から「みやびさん」と呼んでいる。
「そう。みやびさんに、今年は、お盆まで待てないって怒られた」
「怒られた?」
如月は、くす、と笑った。
「早く香哉斗を連れて来いって」
「?」
「マッカランのシェリーオーク?いつの間に」
大事そうに紙袋を持ってきた如月に、運転席に既に座っている御堂が目を丸くした。
「え、みやびさんが好きだったんだって言ったら、香哉斗が販売店を紹介してくれたじゃん。ずっとリビングに置いてあっただろ。まあ、あの時は香哉斗が相当酔っ払ってたけど」
「いつ?」
「先月のGWのど真ん中。ちょうど桜橋さんと飲みに行ってた時。帰ってから大変で、翌日俺が熱出して動けなかったやつ」
「あー」
そんなこともあったあった。
久しぶりに桜橋と飲みに出た日。ハメを外して飲みすぎて、帰宅して如月を好き放題に抱きまくった結果、翌日如月がダウンして謝り倒したあの日か。
「……あー、あったな。あの時は悪かった。けど、30って、結構しただろそれ」
「うん。みやびさん好きだったからさ。今年は、ちょっと奮発?でも確かに、結構するね」
「さっすが大物女優は違うな。でも、喜ぶんじゃないのか。俺が連れてってもらうの、初めてだよな」
「うん。一緒に行くのはお盆でもいいかなー、と思ってたんだけど。すっごい剣幕で怒られた」
「さっきも、そう言ってたよな」
「そう。あーゆーとこあるんだよね、みやびさん」
「へえ……?」
いつもの天然たい焼きの店でスタンダードなたい焼きを5匹包んでもらい、自分用にあん白玉、御堂用にベーコンチーズを買うと、
「今日はお出かけ?」
「はい。祖母のお墓参りに」
「ああ、みやびさん。贔屓にしてくれたからね。じゃあ、これも持っていってあげて。こっちはキサちゃんのおやつにね」
ちょうど焼き上がった新商品、「みたらし団子入り」。
「ありがとうございます」
甘いものが好きだった祖母は、幼い如月を連れて出かけた帰りにたまたま寄ったこの店が気に入り、自宅から離れていてもよく買いに来ていた。
箱に詰めてもらったそれらとともに、如月と御堂は少し長いドライブに出た。
「気持ちいいなあ。窓開けてもいい?」
「いいよ」
高速を降り、少し田舎に近づいたところで、如月は窓を全開にして嬉しそうに笑った。
「うっわ、いい風!」
「そこ、どの辺?」
「あと、1時間ぐらい。周りには、何にもないから」
「じゃあ、昼も近いし、食事してから行くか」
「うん。あと、スーパーで買い物も」
「買い物?」
「うん」
一泊しようと言われ、とりあえず着替えだけは持ってきたが。
「ホテルじゃねーの?」
ふふ。
「キサ?」
「そんなの、あの辺にないない」
如月は楽しそうに笑った。
「香哉斗は、あんな田舎には行ったことがないと思うよ」
これ以上先に行くと絶対に店などないだろう、と思われる地域の小さな店で食事をしたら、出された洋食はびっくりするほど美味かった。近くのスーパーでなぜか食料品を買い込むと、如月はニコニコしながら車に乗り込んだ。
きれいに晴れ渡った空の下。田んぼの間をゆっくりと走る高級車の中で、如月は窓の外を眺めていた視線を御堂に移した。
「あのさ」
「うん」
「ありがとう」
「うん?」
「やっぱり、もっと早く一緒に来ればよかったなー、って、ちょっと反省してる」
「……うん?」
「俺の暗いところとかさ、あんまり思い出したくないこととかさ、香哉斗、あえて聞かないだろ」
「……まあ?知りたくないわけじゃないけど、キサに嫌な思いさせたいわけじゃないから。一番嫌な話は初めに聞いたと思ってるし、他は話せるようになったら話してくれればいいと思ってるよ」
如月は、苦笑した。
「そういうとこに甘えちゃうんだよね。俺は、香哉斗のこと全部知りたいって欲張るのにさ」
「俺は、これが全部」
若干、如月がまだ知らない個人的は現在進行中の企みもあるけどな。
まあ、これは誰にデメリットがあるわけでもないから、時期が来たら言うつもり。
それはさておき。
「みやびさんは、俺の唯一の肉親で理解者だと思ってたし、俺は、一生一人でいるんだろうなー、と思ってた。だから、自分以外に教えることはないだろうとも思ってた。だから、これから行くところは、京都もハルも知らない」
「あの二人もか」
やや驚いたように、御堂が如月を見た。
「そう。俺の、実家。喧嘩して俺の姿が見えなくなって、バイクがなかったらここにいるから、ちゃんと迎えに来てよ?」
「……ああ」
如月の、実家。
「最近、来た?」
如月は首を横に振った。
「去年の、今頃以来。こんなにご無沙汰してるの、初めてだ。香哉斗と一緒にいて、かなり精神的に満たされてるんだろうね、俺」
「嬉しいことだね」
ふふ。
如月は笑うと、す、と表情を無くした。
「でもさ、ここに来ると、みやびさんとの楽しい思い出もだけど、嫌なこともいっぱい思い出すんだよね」
「キサ」
如月は、もう一度外に視線をやった。
「クリスマスが嫌いだったのはさ、高校の頃、クリスマスに一緒に事故に遭った彼女だけが、亡くなったから」
「ICUの空きが一つしかなくて、キサが運ばれたんだったな」
「βの彼女の方が、優先されるべきだと思ってた。俺なんて」
「俺なんて、はダメだったろ」
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