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数分後には、ビーフシチューにパン、鯛のカルパッチョサラダなどがテーブルに並んだ。
「魚、食える?」
「…はい」
「箸はそっちな。はい、いただきます」
昨日と同じように、御堂は手を合わせると、静かに食べ始めた。
「…いただきます」
ふわふわの肉は、口の中でホロリと解け、
「おいしい…」
思わず呟いた如月の低い声に、無意識に御堂の唇が緩んだ。
「そ」
「お店のみたい」
「まだあるから、それが終わったら、生クリームとチーズのせて焼いてやろうか」
「…それも、おいしそうですね」
籠にもられたパンを一つ取る。
「これ、le brouillardの限定の」
「よく知ってんな。週4で通うとやっぱそうなんの?ベーカリーも小規模で展開するんだと。確かにこれはうまいよな。いい職人が入ったみたいで」
「京都も、おいしい、って買ってきてましたよ」
「京都?誰」
「同僚…あの、御堂さんが初めてうちの会社へ来た時に対応した女性です」
「ああ、あの美人か。彼女?」
「まさか。もう結婚してるし」
「その京都が、会社じゃお前の食事から面倒見てるわけ?」
「仕事では一応パートナーなんで」
「へえ…でも、関係ねーだろ、それ」
「………まあ、そうかも」
くす。
炭酸水を一口飲み、
「キサ、クリスマス嫌いなの」
「は?」
御堂はちぎったパンを口に入れ、飲み込むと如月を見た。
「駅で見かけると、いつもツリー見て泣きそうな顔してるよ」
…そんなに酷い顔してるのか。
如月は一瞬自嘲の笑みを浮かべかけた。
「…嫌いですよ」
「何で」
如月は正面の御堂を上目遣いに見た。
茶化している様子ではないが、如月としては、特段それを話すほど心を許したつもりもない。
御堂は視線を如月の瞳に移したが、如月はふいとそれを避け、その後は、口をつぐんでしまった。
(まあ、去年一昨年の、って話じゃなさそうだな。会って間もない他人にペラペラ喋ることではないか)
「チーズのっけて、グラタンも作るか?」
ほぼ皿を空けた如月が首を横に振ると、御堂はそのまま食事を終えて立ち上がった。
如月が目の前の料理を全て食べ終えると、それを見計らったように、紅茶と可愛らしいプチプールがいくつも載った大皿がテーブルに運ばれた。
「…何ですかこれ。…?le brouillardのロゴだ」
「また、試作品だと。ケーキの大きさやら、見た目やら、昨日そのへんのお前の感想伝えたら、パートナーも納得してたって姉貴が大喜びしてた。で、これも試食の依頼」
「へ?」
「で。直接感想聞きたいから、紹介しろってうるさいんだけど。本人同士が大した知り合いでもないのになあ。あーほら、電話かかってきた。なんだよこのタイミングは…盗聴器でもつけてんじゃないだろうな」
最後の方はほぼ独り言だ。その内容に、如月は思わず笑った。
「葉月とオーナーの顔見れるけど、どうする?」
「え?」
ただ驚く如月の目の前で、面倒臭そうな表情で肘をつく御堂の電話が振動し続ける。
「あの、出なくていいんですか」
「お前はいいの?画像電話だけど。俺のカメラ、動画だと360度フルであっちに映像入るぞ」
「…はあ、まあ、別に」
御堂は溜息をついた。
プツ、と小さな接続音の後、
「カヤトーー!」
少女の顔がアップで出てきた。
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