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かた、と御堂は立ち上がり、向こう側のデスクから何かを持ってきた。
「新作発表会のinvitation。向こうでも来賓リストに写真がエントリーされるし、これにも名前入れたから、キサは身分証無しで入れる。誰か誘いたきゃ、一人ならそれで一緒に入れるから、身分証だけ持ってってもらえ。新作食い放題のおまけ付き」
「折角ですけど、いいです。そういうところ、慣れないし得意じゃ無いんで。俺なんかが行っても」
すい、と御堂の目が細くなった。ぐ、と如月の顎を引き上げ、顔を近づける。自然に如月の唇に人差し指で触れた。
「俺の前で、俺なんか発言は禁止」
ギョッとして身体を引いた如月から指を離し、御堂は壁の時計を見た。冷蔵庫に近づくと中から菓子箱をいくつも取り出した。
「ごめん、遅くなったな。明日仕事だろ?」
「わ、ほんとだ」
「土産、会社に持ってくか?」
「ありがたいです。うちのスタッフ、le brouillardのファン多いから」
「持てる?」
よいしょ、と出てきた箱は、見たことのない大きさだ。
「え、…これ?」
「お前よりデカいじゃん。3Lはパーティサイズだからな。まあ、いいか。今日はやめとけ。明日の朝、職場までお前とこれを送ってやるよ」
「え?」
「迎えに行くから、今日は送ってやる。家までナビしろよ」
さっさと上着を着込むと、御堂はじゃら、とハードなキーホルダーをつけた高級車のキーを取り上げかけたが、
「いいです。歩いて帰りますから」
「これ持って?」
「はい」
じ、と御堂は如月を見つめ、降参、と言うように両手を挙げた。
「わかった。明日、これだけ会社へ届けとく」
「いいんですか」
「姉貴のしたことだし、こっちの責任だ」
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
ブーツを履き終えた如月がにこりと笑うと、ぞわり、と御堂の背中が騒いだ。
(こいつ…)
無意識に、御堂の腕が、如月の身体をドアに追い詰めていた。一瞬で身体を竦ませ、警戒を顕にした如月の顎をやや強引に引き上げる。
「…っ⁉︎」
如月の目の前が、銀色で溢れた。
どん、ガチャ!
…パタン。
思い切り突き飛ばされた御堂が後ろによろめいたところで、如月はドアから飛び出していた。
「…は?」
一瞬、何が起こったのかわからなかったのは、御堂本人だ。
「何してんだ、一体…」
ふ、と我に帰り、ドアを開けると、既に足音は随分向こうに遠ざかっていた。
唇に残る、柔らかで冷たい感触。思わず自分の唇を指でなぞり、御堂は自分の心臓の音を聞いていた。
今までに感じたことのない、物凄い速度の鼓動。
人通りのない道路に、ひとつだけ足音が響く。
(何なんだ、あいつーーーーっ‼︎やっぱりαは信用できない!二度と行くか‼︎)
全速力で走りながら、如月は心の中で悪態を突きまくっていた。
「うっわーー…。すっごい。le brouillardのアソートじゃない。すっごい高いやつ…。どうしたのこれ」
「すごいねー」
「わ、これ、すぐ売り切れちゃうやつ」
広げられた菓子箱を囲み、声を上げるスタッフも見られる中、京都が目を丸くして如月を見た。
朝、出勤前には、如月の名前でフロアに大量の菓子が届けられていた。
「…お店の関係者と知り合いになって、新作の試食頼まれて、…その、謝礼かなあ…」
「新作の試食?何その役得!」
京都が目を丸くした。
「御堂さんの、お姉さん。昨日、画像通話で話したよ」
「何なの、その異次元」
「自分でもそう思う」
如月と京都が小声でやりとりしていると、
「幸村さん、いただきますー」
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