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「如月さん、ゴチです」
「ありがとございますーー!」
想像通りスタッフの評判は申し分なく、如月の株はどーんと上昇した。
その日はトラブルもなく、定時を少し回ったところで、内線が鳴った。
「はい、幸村で…」
『昨日は悪かった』
御堂の声だった。恐らく、営業時間終了ギリギリで外線から回ったのだろう。一瞬で半眼になった如月を見た京都がキョトンと目を丸くした。
「ご用件をどうぞ」
『昨日の詫びに、今夜食事でもどう?』
「先約があるのでお断りします。それに」
『何』
「業務中に、私用電話やめてください」
『定時過ぎただろ』
「あ」
『いや、仕事で電話した。サイガのバグ見つけたから何とかして欲しい。…で、私用電話は明日以降お前の番号にかけるから番号教えて』
「断ります。お前呼ばわりされる筋合いもありません。サイガのことは、ちょっと待ってください。佐々?サイガのバグのことだって。電話転送するよ」
『ちょ』
ぷつ。
あっさりと電話を転送すると、如月は何もなかったように電話をポケットに滑り込ませた。
周りのスタッフの視線が集まっている。
「?αの御堂さんだよ」
αの、を強調したその一言に、一斉にスタッフは「ああ」と納得して、それぞれがいつも通りに動き始めた。
京都も納得したように頷く。
「キサのα嫌いは健在ねー。で、何だったの?」
「今日も来れるかって?二度と行くか」
「?昨日はそこまでじゃなかったじゃない。何かあったの?」
ぴた、と如月が動きを止め、俯いた状態で京都を上目遣いに見た。
「ちょっと、怖いって」
「腰に手、キス?物言い。女も男も好き勝手出来ると思ってるああいう馴れ馴れしいα、一番嫌いなんだよ。こっちがΩだと思って馬鹿にしてる」
「あー…。何、もう手を出されたの。昨日、色々あったわけね」
湯気が出そうな如月の様子に納得しつつ、京都は苦笑した。
確かに、学生時代を含め、如月のα運の無さには定評がある。それどころか、事件の被害者になり得た過去まである。事件のことは皆知らないが、α運のないことは周知の事実で、ここでは如月のα嫌悪症について誰も否定はしない。同僚や後輩は彼らがここに就職をしてからのことしか知らないが、それでも社員一同、如月のα嫌いは暗黙の了解で、皆あっさり納得したものだ。
「今日は、夕飯食べにくるでしょ?」
「行く」
如月は躊躇なく頷いた。
「ああ、じゃあ頼む」
一応、仕事の話を終えると、如月にかけた電話を一方的に佐々木へ転送された御堂は片眉を上げた。
「ったく。猫が毛を逆立ててるみたいだな…」
小さく呟けば、
「なあに、先生?フラれたんですか」
看護師の一人がカルテを整えながら呆れたように声をかけた。彼女はΩの女性で、もう60歳になる。
過去に何があったものか、生涯独身を貫く、という姿勢は今も健在だ。
「そんなとこ」
「珍しいですね。…その様子じゃ、先生の方が入れ込んでるのかしら」
「…そんなとこ」
ふふ、と笑う彼女は、とても60歳が近いとは思えない。スタイルは良く、肌もみずみずしい。
「面倒なことは嫌う貴方がね。先生、想う相手を追いかけたことないでしょう」
御堂は天井に視線をやり、
「無い。てか、それなりに遊んだし付き合いはしたけど、まともに人を好きになったことが無いかも」
「そのままじゃ玉砕ね」
「は?」
「追いかけるのは、大変なんですよ」
「そんなもんなの」
「そんなもん、じゃないの。その人に本気になりそうなら、あれこれ画策するよりも先に、今までの女性とはきちんと縁を切って、俺様根性は程々になさいね。スマホのデータも全部消しておきなさい」
「別に、そんなもんねーけど?」
訳がわからない、という表情できょとん、と見返してくる御堂を見て、看護師は温く笑った。
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