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二人は赤信号で立ち止まった。如月の顔が僅かに曇る。
周りの視線が二人に集まっているのが感じられ、如月の表情が僅かに曇ると、いつかのように、歩道側から如月が見えないようにすっと御堂が自分の立ち位置をずらし、自分の影に如月を隠した。
「何でそんなに警戒するかな」
「普通、Ωはαに警戒します。おまけに、あんなことがあったら絶対に信用なんてしない」
「んなことはないと思うけど、そうなら謝る。ごめん」
実際、御堂はαの中でも稀有なαだ。今まで、何につけても自分の思い通りにならなかったことはない。金も、異性も、Ωも。決して自分にとってマイナスな事実を経験したことがない、自分を否定されたことがない御堂にとって、ある意味如月は不思議で新鮮な存在でもある。
「は?」
顰めた顔で鋭く睨み上げられて、流石に御堂も一瞬怯んだ。
「Ωであることを武器にしてαと番になりたがるような人のことは、俺は理解できません。少なくとも、今の俺は」
「…何?」
ふい、と如月は信号が変わったことを確認し、それでももう一度車の動きを確認してから横断歩道を歩き始めた。一歩遅れて、御堂が続く。
「遊びで触れられたいなんて思っていない」
どく。
一瞬、御堂の心臓が大きく鳴った。
前を歩く如月が遥か向こうに思え、横断歩道を渡り切ったところで御堂はほぼ無意識に如月の腕を掴んでいた。
びく、と如月の肩が跳ね、
「…離してください」
身体全体の緊張が指先から伝わると、
「悪い」
御堂は素直に手を離した。
確かに、αの存在はΩにとってある意味脅威だ。力関係があるわけではないものの、基本的にΩは自分のフェロモンを自分で制御できない。しかも、Ωのフェロモンに呑まれたαは確実に相手に襲いかかるし、どちらかと言えば、体力的にも精神的にも、αに分があるケースが多いからだ。
(まさに、今回はそのケースか。確かに、警戒するのも一理かな)
体格差でも体力差でも、精神的な安定感でも明らかに御堂が有利だろう。
「この間は悪かったよ。俺も、別に手当たり次第に声をかけるわけじゃない。でも」
食い下がる御堂に視線をやることもなく、如月はそのまま無言で歩き始めた。
「キサのことが気になるのは、事実なんだって」
やっと如月が右隣を見上げた。明らかに不快な表情で再び前を見る。
「たいてい、そう言うんです。αは」
「俺、真剣に言ってるけど」
「そう。みんな、そう言う。それ、どうやって証明するんです?」
「お前、証明って…」
「俺こっちなんで」
如月が背中を向けると、一瞬片眉を上げた御堂は、ぐい、と如月の肩を掴んでいた。
「いっ…」
如月が顔を顰めるが、御堂はそれに構わず自分より一回りは小柄で華奢な体を引き寄せ、
「ちょっ…!」
ぎゅ、とそれを抱きしめた。
びく、と如月が身体を震わせ、咄嗟にもがくように身体を離そうとしたが、御堂はそのまま更に腕に囲い込んで離さなかった。
いくら人が少ないとはいえ、それなりの交通量がある道路の傍で、青年同士が抱き合っているなど滅多に出会える場面ではない。それも、一人は銀髪、紅目、モデル並みのルックスと長身だ。通り過ぎる歩行者が、遠慮なく興味本位の視線を向けるのは当然のことだった。
「何すんですか!離せって!」
「…聞こえるだろ」
如月の耳を自分の心臓のあたりに誘導し、低く呟く。
「へ?」
如月の耳から、外界の音が消えた。
!、!、!、!、!、!、!
御堂の心臓は、恐ろしいほどのスピードで鼓動していた。
「え…?」
!、!、!、!、!、!、!
如月の瞳が更に丸くなる。
そのままゆっくりと御堂が如月の反対側の耳に、自分の唇を近づけた。
「遊びで声かける奴が、こんなになると思う?」
身体の芯に響くような低音に耳元近くで囁かれ、如月はぞくりと身震いした。
「…わ、かった。わかったから、離せ!」
暑いのか寒いのかわからない感覚に、冷や汗すら流れそうな状態で、半ば悲鳴のように叫んで如月が御堂の胸を押し返した。
一瞬御堂は名残惜しげな表情を見せたが、すぐに潔く如月を腕から解放した。
「………」
前力疾走をした直後のような呼吸を繰り返し、如月が地面に蹲ると、御堂もその隣に蹲った。
「俺、真剣だって」
如月が視線だけを御堂にやれば、出会ってから自信満々だったその表情には、明らかに若干の動揺と苦笑が張り付いているのが解った。
「絶対に、何もしないって約束する。この前の侘びだと思って、食事してって」
子どもを諭すような物言いで、それでも諦めない御堂に、流石に如月も折れた。
「…自宅は嫌です。歩いて行ける、この辺りの、店でなら」
にこ、と御堂が笑った。
「ん。じゃあ、何が食べたい?」
如月は、無意識に御堂の手元に視線をやっていたが、その後、御堂を真っ直ぐに見つめ、
「…鍋?」
小さく答えると、御堂は満足そうに頷き、
「店取るから、ちょっと待って」
立ち上がって電話をかけ始めた。
如月の眉が寄った。
「…今から行くのに?」
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