【α嫌いのΩ】警戒中の、クリスマス

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「一人生活、それなりに長いから」 「そうなんだね。キサも少しは見習ってくれるといいんだけどなあ…。ちょっと甘やかされ過ぎたところがあるから」  テーブルがすっきりする頃には、コーヒーと茶菓子の用意ができていた。 「le brouillardのケーキじゃない。ハル、買いに行ったの?」 「御堂さんのお土産だよ。京都もキサも、le brouillardの大フアンだもんな」 「ありがとう、伝えとくよ。姉貴の作ったものは食べ過ぎて飽きてるから俺はいい。好きなのいくつでも食べて」  コーヒーのカップを受け取りながら御堂があっさり言うと、 「ほんとに?」 「le brouillard、俺の姉貴がパティシエやってるから」  そうか、と京都が笑った。 「これもらったら、拗ねちゃうかな、でも、これがいいな。ごめんね、キサ」  京都が素直に、フルーツのタルトを取った。店でも人気の一品だ。  目を細めてその様子を見ながら、遥が京都の前に香り高い紅茶を置き、その隣に座った。 「ハルは、どれをもらう?」 「ん、そっちのシュークリームがいいな」 「これも、おいしいんだよね。あ、限定の、キャラメルクリームのだ!」 「あ、でも半分にしようかな。僕、今日は食べすぎてるから。半分こしよう」 「うん。タルトも少し食べる?」 「美味しそうだなあ…、じゃ、ちょっとだけ。ナイフ持ってくるよ」  ごく自然なやりとりに、無意識に御堂の唇も緩んでいた。 「キサの、αへの警戒の異常さはね、ある意味、仕方がないんだよ」  遥が静かに話し始めると、京都の表情が少しだけ曇った。 「決して、変な家庭の生まれじゃないんだよ。βの両親と、出来のいいβの兄。あ、兄は大手の弁護士事務所で弁護士してるよ。父親は大手商社のまあまあの職位にあって、経済的にも裕福な家庭。ただ、母親に、男性Ωに対する偏見があってね、それがきっかけでキサは小さい頃に、父方の祖母に引き取られて、家族とは分かれて育ったんだ」  御堂の視線が、自然に如月に向いた。完全に眠っているようにしか見えない。 「京都は、そこからの幼馴染なんだよ」  何となく、御堂の中で合点がいった。 「中学の頃、まだHeatも起こしてない頃に、一度攫われて」 「…中学生で?」 「そう。Ω売買のプロ集団の一味だったのが後でわかったけど、αのフェロモンで無理やり半Heat状態にされて、訳がわからなくなったところで拉致されたらしい。ひと月ちょっとかな。ああいう組織では、Ωは完全Heatを起こす成体じゃないと、取引がしにくいそうだね。誘発剤まで乱用されたけど、キサは華奢だしね、身体がついていかなかったんだろう。当然警察沙汰で、祖母が必死になって探した結果、身体がボロボロになった瀕死の状態で救出されたんだ」  ぞ、と御堂は身体の血液が一気に床に下がっていくような感覚を覚えた。  視界に入る如月は、僅かに身じろぎ、毛布にくるまってしまった。 「キサを引き取った祖母は…聞いたことないかな、幸村みやびって言うんだけど、その昔有名な女優でね。それなりに各方面への影響力も経済力もあったから、キサの将来を懸念して、徹底的に事実を隠蔽してくれた。彼女が何をどうしたのかは全くわかっていないけど、キサが大学生の時、彼女が事故で亡くなって以降、今でもそのプレッシャーの効果で、キサの黒い過去は、一切外には漏れてない」 (幸村みやび…)  父親や母親から聞いたことがある名前だ。両親が幼かった頃に、毎年何かしらの演技賞を受賞し、テレビのCMにも引っ張りだこだった女優のはずだ。そういえば、何年か前に自動車事故で亡くなった、と言う報道を見た覚えがある。
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