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恐ろしく仕事ができるこの同僚は、いつものようにバッチリスーツとピンヒールでリアルなキャリアウーマンを演出し、腰に手を当てて半眼で如月を見下ろしていた。
んー、と立ち上がって如月は伸びをしてそれを受け取り、
「あのさ、ヒール履かないでくれる?俺より背が高くなるだろ」
「うっさいわね、1センチでしょ。気に入ってんのよ、これ。ほら、お茶」
くん、と香りを確かめ、如月が一口飲む。
「セイロンだ?京都がリーフで淹れてくれた?」
「…こんのくっそ忙しいのに、それはないわね。そこのティーバックだけど、割と美味しいわよ」
「じゃあ、要らない…」
「ゼータク者。人の好意と経費を無駄にすんじゃないの。さっさと眼と頭冷まして、午前中に仕上げなさい!」
「…鬼…」
「あー、うるっさい!あとはあんた待ちなの!チェックはしてあげるから、さっさと雛型仕上げて送って。今日はハルの誕生日なの知ってるでしょ。何がなんでも定時で帰りたいの‼︎」
「ハル〜…。…呼んでくれば?」
ぴた、と京都が立ち止まり、ゆっくりと如月を振り返った。
「…あんた、真面目に喧嘩売ってる?…床とお友達になりたい?」
「遠慮する‼︎」
ば、と如月は起き上がるとVDIを起こし、猛烈な勢いでキーボードを押し始めた。
「…やる気になれば人並み以上にできるくせに、スイッチ入らないんだから。…ほら、チョコばっかり食べてないで、たまにはちゃんと食事しなさい」
京都はデスクの端に、今流行りの店の野菜と肉が溢れるほどのサンドイッチが入った紙袋を置くと、そっと部屋を出ていった。
京都には、遥、と言う夫がいる。
せっかちで完璧主義、見た目も派手な京都とは違い、地味でのんびりしていてあたたかい彼は、気さくで如月とも仲がいい。
「いーよなー…京都は」
あったかくて、信頼できるパートナーがいてさ。
京都には子どもが望めない事情があるが、ハルはそれを十分に理解している。二人は信頼しあっていて、良いところもそうでないところも理解し合えていて、愛し合っていて。 本当に仲がいい。
もらったサンドイッチの端を齧ると、ふ、と目の前が揺れた。
「あれ?…何…?」
座ったまま、ぐ、と足で床を踏み締め、 肘をついて頭を支えた。
身体が、急に熱くなってきた。頭痛の前兆まである。
「あれ、…ない」
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