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魔王死すべし
「これで終わりだ!」
勇者は聖剣を高々と掲げた。轟と音を立てて稲妻が剣身に落ちた。
雷光を纏った聖剣デストラーデを、勇者は満身の力を込めて魔王の体に叩き込んだ。
「ぐわあー!」
魔王は肩口から袈裟懸けに斬られた。上半身がずるずると切断面を滑り落ちた。
どさりと地に落ちた魔王の上半身。苦悶に満ちた声で、魔王が言う。
「見事だ。勇者半ケツ……」
「サントスだ! 『ン』しか合ってねえぞ!」
「――そのトス。この魔王を打ち倒すとは、さすが勇者」
「これでこの国も平和になるだろう。貴様が苦しめたすべての人々に詫びながら、地獄に行け」
「ふははは……。地獄こそわが故郷。いまこそ懐かしき故郷へ帰ろう……」
そう言うと、魔王の体は塵となって崩れ去った。
「やったぞ。憎しみの時代は終わった。これからは人と人が助け合って暮らす日々が始まるんだ――」
勇者サントスはすべての力を出し尽くし、抜け殻のように座り込んだ。
「てなことで、勇者半ケツにうまいことやられてきました」
魔王は冒険者ギルドのマスター、ジンに報告した。
ちなみに魔王は、「サントス」のイントネーションで「半ケツ」を発音している。そういうところは律儀なのだ。
「今回はずいぶん時間がかかったじゃないか?」
ジンは葉巻をふかしながら言った。
「いや、だって、半ケツがショボすぎるでしょう?」
魔王は泣きを入れた。
「こっちがどれだけ隙を見せても、有効打が出せないんだもの」
「まあな。召喚後の訓練で鍛えてやったが、ありゃあ筋が悪かった」
ジンは魔王をなだめるように言った。
「でしょう? あんな大根を連れてこられたら、こっちも芝居になりませんて」
魔王は鼻息荒く文句を言った。
「まあ、そう言うな。終わり良ければ総て良し。お前のおかげで、上手く決着がついたわけだしな」
話はこれで終わりだというように、ジンは葉巻の火をもみ消した。
「こっちは貰うものさえ貰えれば、文句ありませんがね」
空気を読んで、魔王が迎合した。
どさりと音をさせて、ジンは布袋をテーブルの上に載せた。
「今回の礼だ。お前の苦労に免じて、いつもより色を付けてある」
「こりゃあ手回しの良いことで。旦那には逆らえねえ」
魔王は卑屈な媚びを売る。
「ふん。悪党ぶるのはよせ。その金でお前が何をしているのか、俺には全部お見通しだぜ」
魔族も人族も平等に扱う孤児院。その費用に魔王は稼いだ金をつぎ込んでいた。
「魔族と人族。すべての存在が争わない世界なんてものが、来ると思っているのか?」
ジンの口調は魔王を馬鹿にするものではなく、理想主義者が傷つくことを気遣ってのものだった。
「誰かがやらなきゃ始まらないでしょう」
魔王は金袋に手を伸ばし、アイテムボックスに収納した。
「俺は不老不死なんでね。何度でもやり直しますよ」
そう言い残し、魔王は光の粒となって消えていった。
「あいつが世界平和の担い手だなんてな。腐った世の中だぜ――」
ジンは新しい葉巻に火を点けると、天井に向けて煙を吐き出した。
剣と魔法。魔族と人族が共存する世界。当然のごとく争いと殺し合いが蔓延していた。人も魔も平和を求める声はあったが、大多数は己の利益を求めて他者をないがしろにする。強き者に富は集まり、弱者は貧困にあえいでいた。
庶民の不平不満を昇華させるために仕立てられたのが「勇者」であった。異世界から召喚された勇者に、「魔王」を倒させる。魔王こそ諸悪の根源だと庶民の不満をぶつけさせるために。
為政者たちはそうして身の安全を確保しつつ、弱者の窮状を放置した。
悪役の魔王だけが自ら行動を起こし、十年後、二十年後に争い無き社会が訪れるよう汗を流していたのだ。
「とんだ甘ちゃんだぜ」
吐き捨てながら、ジンはまた葉巻をもみ消した。
しかし、その口の端にはわずかばかりの笑みが浮かんでいるように見えた。
(完)
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