壺の中

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 目の前の布団には確かに、誰かが横たわっている。  顔には白い布がかぶされ、その枕元には線香の煙がのぼり、ろうそくの火も揺らめいている。  横になる誰かの、頭のすぐ横に座るユリちゃんは、かけられたその白い布をじっと見つめる。  線香の臭いだけが漂う静かすぎる沈黙は始まった。  この状況で発する言葉なんて、一つも思いつけない。ユリちゃんに対してかけるべき言葉は、もしかしたらあるのかもしれないけど、それが一体何なのかは見当もつかない。  だから、ユリちゃんが口を開いてくれるのを、私はただ待とう。でも、ユリちゃんはどんなことを言うだろうか。全く想像はつかないから、それはそれで怖いし緊張する。  それに、すぐそこに遺体があるというのも……  実のところ、私は今まで一度も、葬式に行ったという経験はなかった。遺体と接するというか、遺体を見たことがない。ありがたいことに、父方の祖父母も母方の祖父母も皆、八十をとっくに過ぎても存命である。親戚とは縁遠いし、この通り友人知人も皆無という有様なので、葬式や人の死というものに出くわしてこなかった。  そういえば、生まれる前に与えられたお役目を果たしたときに人は死ぬ、と昔どこかで聞いたけど。そうすると、私なんかはお役目をいつまでも果たせそうにないから、かなり長生きしてしまいそうだな。たった一人で、きっと悲惨に……って、お役目ってなんだよ。  とにかく、そんな私の目の前に今、誰なのかよくわからない遺体があるのだ。  こんな唐突に……いや、人の死は基本的に突然だろう。寿命を完璧に知る人なんていないだろうし。唐突なのは、唐突でいいのだろうけど……ところで、この人は本当に誰なの? 本当に石田君なのか。そこだけでもはっきりしてほしい。いろいろとすっきりしないというか、気持ち悪すぎる……  沈黙は長すぎて、私の緊張は果てなく膨張していく。  ずるずると答えの出ない事柄が頭の中を駆け巡り、脳や心臓の方が限界をむかえてしまいそう。動悸と、こめかみ辺りのドクドクする感じは治まらない。 「実理ちゃん……私と宏樹がどうして結婚したのか、知らないよね?」 「へっ!? あっ、うん……そういえば、知らないけど……」  知るわけがない。結婚したことも知らなかったのだ。今さら、なんという愚門だよ。  そうではあるが、二人の接点は何だったのだろう。小学校のとき、私だけでなく、ユリちゃんも石田君と親しかったことはないように思う。 「実は、結婚相談所っていうのかな? そこに登録してて、偶然ね、宏樹とそういうパーティーで再会したの。小・中学校のときは、ほとんど話したこともなかったけど、意外と気が合って。宏樹も私もパーティーに参加するぐらいだから、結婚願望は強かったし、そのまますぐに結婚したのよ」 「そうなんだ。すごい……運命的だね」  心にもないことを言った。婚活パーティーでの再会か。遠く県外でもなく近所でやっていたのなら、まぁまぁ、なくはない出会いだろうと思う。
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