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自販機で石田君と会ったのは勘違いだ。石田君でない、きっと誰か他の人だったのだ。もしくは、全て私の妄想で、誰とも一切会っていなかったのかもしれない。
石田君の亡骸はそこにある。しかも、眼球や体中の血液、そして、全ての臓物が無いのであれば、なおさら生きているわけがない。
私の発言にユリちゃんは何も答えず、また中途な沈黙はやってくる。思い出したように、私の鼻腔に線香の臭いが漂いだした。
「おばんでがんす……」
この広い和室の障子の外、どこからか呼びかける声がした。
「あっ、はーい……実理ちゃん、ちょっと待ってて」
ユリちゃんは何者かに返事をすると立ち上がり、急いで出て行ってしまう。
私は白い布をはがされたままの石田君と残された。
あまりその顔を見ないようにしていたが、やっぱり目はつい、そちらへいってしまう。
ただ目をつむって、石田君は眠っているだけのように見える。
もしかして、ユリちゃんはそういう意味で、まるで生きているように見えるから、亡くなったという実感がわかないよねという意味で、石田君は生きていると言ったのか……だとしたら、見当違い甚だしいことを私は言ってしまった……
いやいや、それは違う! だって、私が自販機で石田君に会ったと言ったら、ユリちゃんはやっぱり生きていると思ってた、と言ったのだから……ユリちゃんの真意はたぶん、石田君は今もどこかで生きているということのはずだ。
それにしても、ユリちゃんはどうして、石田君は今もどこかで生きているなんて考えるのか。本当にそう思っているの? そもそも本当に、石田君の体には血液や内臓や眼球は無いのか……
全部ユリちゃんの嘘または妄想なのだろうか。石田君が死んでいるということだけが事実だったりするのだろうか。
何もわからない。というか、今のこの状況は一体なんなんだ? 私は誰にも会わずジュース一本を買いに、散歩に出ただけじゃなかったっけ?
どうしてこんなにストレスフルな環境に身を置いているんだ、私。おかしいじゃないか。私が何か悪いことでもした? なんでこんなに気を遣って……
はぁ、やだ! イライラする……イライラするし意味もわからないし、次にユリちゃんがこの部屋に戻ってきたら、私は帰る! うん、そうだ、帰ろう! ぶっちゃけ、石田君はもちろん、ユリちゃんにもたいして義理はないはずで。何か助けてもらったとかもないわけで……そもそも二人が結婚してたことだって知らされてないんだし。うん、なんの義理もないわ。オッケー! 帰ろう! なんだって、どうだって、意味わかんなくてもいいから、私は帰る!!!
「実理ちゃん」
不意に名を呼ばれ、私の心臓は跳ね上がった。
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