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「実理ちゃん」
足を崩して畳の一点を見つめる私の頭上から、ユリちゃんは声をかけた。
「ユ、ユリちゃん……」
「疲れたでしょう? でも、今日はこれで終わりだから」
「そ、そう! よかった。じゃ、私はこれで……」
帰れる、私はやっと帰れるんだ。
痺れすぎたふくらはぎをさするが、私はまだ立ち上がれない。このまま動けば、つってしまいそう。
うっ、うう! 宏樹……ひろきぃいー!!!
がらんとした室内に、ユリちゃんではない女性の、悲痛な叫び声が響き渡った。
皆出て行ったはずのこの和室に、まだ誰か残っていたのか。
私は足をさすりながら、顔だけ上げると声の主を探す。
石田君の布団にすがるように泣き崩れる、喪服を着た女性がいた。こちらに背を向けているが、たぶん私たちと同じくらいの年頃だろう。
私を見下ろすように立っていたユリちゃんは彼女の方へ歩み寄っていき、今度は彼女を見下ろすと、口を開く。
「あなたねぇ! どういうつもりよ! 返しなさいよ、宏樹の中身を! 眼球と内臓! 早く! 早く返しなさいよ!!」
「あなたの方こそ! 宏樹を返しなさい! あんたが壺を持ってんでしょ!!」
座り込んでいた女性も負けじと叫び返し立ち上がると、二人は取っ組み合いのケンカになった。まさに相手の胸ぐらをつかんだユリちゃんはツバを飛ばす。
「何言ってんのよ! そもそもあんたが宏樹の内臓を盗んで壺なんかに入れるから、宏樹は死んじゃったんじゃない! 最後に眼球まで取って、そのせいでしょ! そんなことしなければ、もっと長く生きていられたでしょ、こっちで!!」
「何よ! 宏樹が望んだことよ! 七年で限界じゃないの、だいたいあんた、何年宏樹に無理をさせる気だったの!? 宏樹は限界だった! あんたから離れたくて、最後にとどめを刺してくれって……宏樹は私を愛してたのよ! あんたなんかじゃない! 私を愛してたの!!!」
女性はユリちゃんの顔をすれすれでがっつり睨みつけ、そして、ユリちゃんの足を思い切り踏んずける。
「痛っ!!! 嘘つくんじゃない! 宏樹は私を愛してたの! あんたが勝手に宏樹のことを好きだっただけでしょ!? あんたが七年前に内臓を抜きさえしなければ、宏樹は今だって元気に生きてたでしょ!?」
「はぁあ!? よく言うよ! あんたねぇ、宏樹が壺に入らなかったら、今の生活できてないでしょうよ!? むしろ、私のおかげであんたは暮らせてたんだから、感謝しなさいよ!」
「なっ……!! なにを!!!」
バチンとユリちゃんは相手の頬を強く平手打ちした。
「なによ! 言い返せないくせに!! 本当のことじゃない!!!」
女性もユリちゃんの頭を重くゴンと殴る。
なによ、なによと畳の上を転がりながら、殴り合いが始まった。
あまりの出来事に、私は足をさすっていた体勢のまま固まり、ただただ二人の様子を眺めた。
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