壺の中

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 ぼうっとしているうちにバラエティ番組は終わって長いコマーシャルを挟み、そしてパンメーカーの提供で工場の大量に流れる食パンを背景に天気予報は始まった。  明日は晴れ、ならば今から出かけても何も心配することはない。  やっぱり散歩に行きたい。深夜にこんな気持ちになることは今までもあった。だが、うだうだと自分の中で言い訳や理由をつけて、実際に出かけたことはなかった。今日こそは、やはり出かけなければ。  ではどこに行こうか。私には目的が必要だ。  コンビニやドラッグストアは二十四時間、開いてはいるが、こんな深夜に店に入って、たとえ見ず知らずの店員さんであってもなんとなく、人と接したくない。スッピンだし、よれたシャツに安いスウェットのズボンというこの格好で、買ったとしてもジュースの一本くらいだし。わざわざ身支度するのも違うだろうし。  そうだ、それなら少し値段は高くなっても自販機でコーラを買おう。とんと自販機でジュースなんて買ったことないし、たまにはいいか。そうだ、そうだ、そうしよう……  やっと意を決した。天気予報もとっくに終わり、先週から始まったばかりの三十分番組が流れている。若いアイドルが白々しくはしゃぐ画面右上の時計は、一時二十五分を表示していた。  テレビを消して、薄手のパーカーをはおり、財布と鍵をポケットに入れる。 私は慣れ、親しみ過ぎた子供部屋のドアを、そっと手前に引いた。  向かいの部屋からは父と母の大きな寝息のような、いびきのような呼吸音が聞こえてくる。  なるべく音をたてないように部屋の電気を消し、ドアを閉めた。  まっくら闇の中、上着のポケットを上からさわり、財布と鍵を何度も確かめる。靴を履いて、やっと玄関の外へ出ると慎重に鍵をかけた。  マンション八階の部屋だった。深夜ではあるが、春の空気は温かく風も吹いていないので、想像していた寒さはなかった。外の暗さに対してエレベーターまでの通路は明るすぎ、少々目がくらんだ。
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