壺の中

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 最悪だ。ティッシュをあのタイミングでくれるなんて、いつから後ろにいたのだろう。くしゃみは確実に見ていたはずだ。よりによって、どうしてあんなに大きなくしゃみをしてしまったのか。  あんなに小学校時代の同級生には会いたくないと思っていたのに。逆にこんな風に現実になるなんて、すごくない? これはもう、私の念のなせる業だったり……そう、考え過ぎて引き寄せているとか……  だとしたら、もう何も考えてはいけない! いや、超絶ポジティブなことならいいかもしれないけど。超絶ポジティブ以外は頭の中を浮遊させては断じてならない!!  そうは言っても……今の私に超絶ポジティブな思考など皆無なのだ。  無理無理無理無理!!! それならば無にならなければ。脳の中、心の中は全て空っぽに。せめて今、家にたどり着く間だけでも。  私は行きに下ってきた坂道を、ふくらはぎの痛みも気にならないほどに登っていた。  すると、前方左側の、頭の上くらいの高さに、妙な赤い明かりが灯っているのが見え、不意に立ち止まってしまった。  それは、大きな赤い提灯だった。忌中と墨で書かれている。  忌中? ということは、葬式……いや、こんな夜中に葬式はない。もう午前二時になるような時間に……  立派な木造の門の前、確かに門と提灯の調和はとれていて、不自然な感じはしない。だけど、こんなにも大きなお屋敷、この道沿いにあっただろうか……  左右を見れば、やはり行きに通ってきた道に相違ない。そのはずだけど、このお屋敷の覚えはない。  なんか変だ、怖い。なんでこんな時間に外へ出てしまったのだろう。早く立ち去らないと……  ギィと嫌な音がして、中から木造の門扉が開けられた。  黒い服装の、上品な女性だった。彼女と目が合う。そして、私たちは互いに驚き、目を見開いた。 「あっ、あなた……(みの)()ちゃん……? 立山実理ちゃんよね?」 「……えっ、もしかして、ユリちゃん!?」  ユリちゃんも小学校の同級生だった。それに、ユリちゃんは当時、一番といっていいだろう仲の良い友達だった。  例えば、教室移動するとき、トイレに行くとき、遠足のおやつを買いに行くとき、学校帰りに道草するとき……そういうときの私にとっての相棒はユリちゃんだった。  ただ、中学校に入って学年の人数が増えクラスが離れると、だんだんと二人で一緒にということもなくなり、さらに高校も別になれば、もうすっかり疎遠になっていた。  赤い提灯の明かりでぼうと照らされるユリちゃんの瞳はうるんでいて、なんともはかなげで美しい。そして私は、どうしてこんな格好で外に出てしまったのだろうと再び後悔し、ひたすらに恥ずかしい。
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