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うっかり買ってしまった謎の缶ジュースを持つ手に、さらに力が入る。すっかり水滴でびちゃびちゃになっているが、大量の手汗も混ざっているはずで、ついでに冷たさと緊張も混ざり合い、手の平と指先はジンジンしていた。
「ねっ、上がっていって。顔を見てあげて」
どうしよう。なんと言って断れば……できれば死んだ人の顔なんて見たくはない。ただ、ちょっと興味がないこともない。
自分でも把握しきれない、広大な心のどこかに一片の好奇心があるというのも本当のところだ。亡くなったというのが石田宏樹というのも腑に落ちず、気持ち悪いし。ちゃんと知りたい……ような。
「いや、でも……私、こんな格好だし……実は本当に申し訳ないんだけど、ただジュースを買いに出ただけで、ここが二人のお宅で、その……石田君が亡くなったというのも、全然知らなくて。その、だから……」
「わかってる。わかるけど、お願い。来てほしいの、人数は多い方がいいから。いいの、気にしないで。大丈夫だから。実理ちゃんがいてくれるだけで、ただそれだけで十分。お願い」
低い声で強めに言って、私の缶を持つ方の腕を、ユリちゃんはギュッと両手でつかんだ。
自分でも意外だが、私はそんなに悪い気がしない。
ユリちゃんはちゃんとわかっているのだ。私が通りがかりで、お香典の一つも持っていないことを。こんな格好でそりゃ、そうだけれども。その上で、私に来てほしいと、ただ来ればいいと、私を招いてくれるのだ。
ここ最近で、こんなにも私を必要だと言ってくれる人があっただろうか。それに、いくら昔とはいえ、ユリちゃんは私の友人であって、その人が夫を亡くし悲しんでいる真っ只中なのだ。そんな人の要求を、私などが無下にしていいわけないだろう。
「本当に、行っていいの? ユリちゃんがそう言ってくれるなら……」
「もちろんよ! さぁ、上がって、上がって」
ユリちゃんは私の両肩を抱えるようにして、門の中へと誘う。
肩を抱えられたまま門を通り抜け、いくらか歩くと大きなガラス引き戸の玄関は現れた。
慣れた手つきで、ユリちゃんはカラカラとそれを引く。
「さぁ、入って」
「お、おじゃまします」
もしかして、お通夜なのだろうか。
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