夜に光る魚は骨で踊る

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 だから逆にダンスをはじめたのは自分でも意外だった。 「それでは、先ほど横に蹴った左足を、右足の後ろにかけて回ります」  先生はくるりと左に回った。 「そして、足を揃えて左足を前に出す」  私も先生に倣い、左足を蹴り上げ、右足の後ろにかけて、くるりと回ると、足を揃えて大きく左足を前に出す。予定だった。  実際、私が出したのは右足。  へらっと笑ってしまう。前を見ると、鏡に映った先生もへらっと笑ってくれていた。 「自分の体がこない思い通りにならんとは」  レッスンの終わりに岡野さんにそうこぼしてみた。深刻な愚痴ではなく、ただの感想して。 「そうよ。そうなんよ。私も還暦やから、全然いうことをきかんのよ」 「え、そうなんですか? 全然大丈夫そうですけど」  岡野さんは顔の前で、勢い良く手を払う。 「全然やで。ちっとも、うまいこといけへん。まだついていけるのは、このクラスができてからずっとおるからやで」 「経験で(おど)っとるということですか?」  橋本さんが尋ねる。 「そうそう。やったことあるからできるだけ」 「すみません。ずっと同じフリばっかりで」  肩を窄める先生を見て、岡野さんは慌てて否定を入れる。 「それだけ、岡野さんがずっとこの教室を支えてきはった、いうことです」  と、さらりと富田さんが助け船を出した。  彼女たちは私よりずっと大人なために、差し出したり、支えたり、凪を渡る船のようにいつも穏やかに事を進めていく。私はただその船にぼんやりと乗って何もしないままに流されていく。子供の頃の息を潜めていた感じとは少し違う。意思を持って流される感じ。それがどうしようもなく心地いい。私はこの教室に入ってよかったと何度も思っている。
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