夜に光る魚は骨で踊る

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 ダンスを始めたことが理由だとしても、私が居酒屋で働かざるを得なくなったのも自分では予想外だった。  母親の葬儀代は私の貯金をそこそこ喰った。死ぬということは、こんなにもお金がかかるのかと、驚く私に葬儀屋さんは淡白に応えた。「そういうものですよ」と。  工場での給料はさほど高くないし、恐らく、老後も一人の私がしがみつけるのは自分の貯金だけだ。だから、葬儀で100万円以上を使ってしまったことは、私は急に不安にさせた。そして、金額の減った通帳と向き合うと、せっかく行く気になっていた公民館のダンスレッスン代を躊躇せずにはいられなかった。  その時、ふと頭をよぎったのは近所の居酒屋が短期のアルバイトを募集しているチラシだ。ちょっと汚れたきなりの門構に、格子の引き戸。戸には赤い暖簾がかかっていて、それも色褪せているところが歴史を感じさせる日本料亭風のお店。 「春季限定アルバイト募集   時給900円 土日働ける方、大歓迎!」  私は太い字で紙いっぱいに書かれていた求人を思い出し、頭の中で単純計算をした。土日、しかも3ヶ月だけ働けば年間の教室代くらいはこれで賄える。やっていけそう。私はむくむくと湧いた勇気を携えて、張り紙のあった居酒屋の戸をさっそく叩いた。  この時、普段なら、もっと慎重に考えていたはずなのに、度重なる寂しさでナチュラルハイになっていたのもあるかもしれない。ダンスに申し込みをして、仕事を増やしただけで、世界をあっと変えたりしないけど、海水に浸かりすぎて、錆びた私の生き方を変えるだけの力はあった。
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