夜に光る魚は骨で踊る

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 仕事は工場で淡々とした流れ作業しかして来なかったから空気を読むとか、優先順位を考えるなどという仕事が苦手で、ミスをして仲間の機嫌を損ねやしないかと、気を揉みながら、常に勤めている。だから、できれば早く帰りたいのだが、 「ねぇさん!賄い食べて行きなよ!」 「あ…はい…」  とこうして、毎度店長に押し負けて?さらに居心地の悪い思いをしながら、お客さんの帰ったテーブルに腰を下ろしてしまう。  本当はみんなでご飯を食べるという行為が怖いのだが、嫌われるのも、がっかりされるのも怖くて、毎度えずくような声で頷いてしまう自分が憂鬱だ。 「さ、さ、遠慮せんで、みんなで食べたら美味しいやん?」  ポジティブな人はすごい。私の戸惑いを遠慮と取って、誰も不快にならない、いい方向で捉えてくれる。  着替え終わった女の子たちは何がおかしいのか、炊飯器からご飯をよそうだけで、大笑いしている。居酒屋だけど、今日はカレーだ。彼女たちが纏う、なんでも楽しい!という雰囲気はまるでクリスマスのようだ。赤と緑に、金のオーナメントが幸福感を与え、町中に流れる軽快な音楽はどんなに落ち込んでいても、罪を犯していても許させるようなそんな日の雰囲気。 「はい。松本さんはいつも少ないから、ちょっと今日は多めに入れとくね」  と、同じくここでは長い高校生のまいさんが、大盛りの白いご飯を置いてくれた。私は彼女達を見ているだけでお腹いっぱいなのに……と思いながら、彼女のぷっくりとした頬が上がった満面の笑顔を見ると言い出しにくくなり、右往左往する。 「これはちょっと多ない?昔話みたいな盛り方してんで」  と言いながら、ゆうまさんが丼鉢いっぱいの白いご飯と山盛りのカレーを抱えて、目の前にどっかと座った。そして、私の丼を奪い、ご飯を半分以上を持って行ってくれた。  なぜか、それにちょっとドキッとした。 「ちょっと、ゆうまくん!!それ、松本さんに入れたんやから、あかんよ!!」  まいさんが、お母さんのように、ゆうまさんを叱る。 「こんな仏さんみたいなご飯食べれるかいな」 「持っていきすぎやで」 「まいさん。いいんです。  あんまり、夜に食べると太りますから」  まいさんは納得できないような顔をしたが、それ以上言うことはなく席についた。 「いただきます」の合図で、ご飯を食べる。ずっと一人で生きてきたから、みんなで食卓を囲んだりしたことがない私は、それだけのことなのに緊張で心臓が熱くなった。あと、一人暮らしだと大鍋で炊いたゴロゴロとしたカレーは食べられないから嬉しい。誰かと一つ一つ新しくて、慣れないことをしていく度に、細胞がゾワッとする。それはたぶん、細胞が生まれ変わっている証拠なのだと思う。
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