本物の家族

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 櫓の幕が取り外され、提灯を通したロープを母親たちが、支柱から外してステージを降りる。男たちが上がって、櫓の上の部分のねじを緩め始めた。  解体された資材は、バケツリレー方式でステージから階段にいる役員を経て、階下で待つ俺と親父に渡され、その後軽トラに載せる手順になっている。 櫓部分と片側の支柱のネジが外され撤去にかかったため、俺と親父は持ち場であるグランドに降りて、資材を載せやすいように軽トラの後方あおりを下へ倒した。  そのとき、後ろで気を付けてという声が聞えた。  振り向くと、ステージを降りたはずの母が、支柱の足元にひっかかった提灯のロープを解きにかかっている。  手すりが外されたステージの際での作業を、女性たちが心配そうに見上げていた。  解けたロープを落とそうとした母が、下を見たときにバランスを崩し、支柱に寄りかかる。男性たちが上げた驚きの声。櫓部分と反対側の支柱のねじが外されていたため、片側へかかった力で、支柱に載った櫓がぐらりと傾いた。  櫓の下の女性たちが悲鳴を上げながら散らばって行く。地面に向かって滑り落ちるパイプ。母の身体が傾ぎステージから脚が離れ、追うように櫓が落下した。  駆け出そうとした俺を突き飛ばし、親父が崩れる櫓へと突進していく。母親を抱きとめて、覆いかぶさるように地面に突っ伏した親父の背中や腕にパイプがガラガラと崩れ落ちた。 「親父! 母さん!」  近寄ろうとした俺を、後ろから中井が羽交い絞めにして止めた。ガラガラという音が止み、辺りに砂ぼこりが立ち上る。ようやく緩んだ中井の腕から抜け出した俺は、折り重なったパイプに駆け寄って父と母を呼んだ。  答えが無い。横に並んだ役員たちの顔も蒼白だ。 「宮田さん。大丈夫か?」 「寿(とし)やん。返事しろ!」 「おい、早くみんなパイプをどけろ。手伝え」  重なったパイプがまた身体の上で雪崩を起こさないように、男たちが慎重にパイプを除去する。  俺も手を貸しながら、心の中で必死で祈った。 『神様、どうか俺の家族を守ってくれ。二度と親父につらく当たったりしないから。家族ごっこだなんて馬鹿げたことは、もう言わない。俺にとって、父さんと母さんは本物の家族なんだ。これからは、真剣に家族と向き合うから、どうか取り上げないでくれ!』  うめき声が聞こえた。親父の声だ。父が母の名前を呼ぶ。  シーンと静まり返った中、母の返事が聞え、みんなの作業が活気づいた。  誰かが呼んだのか、救急車のサイレンが聞こえてくる。母は父の下から這い出したが、父は動けないでいる。 「寿喜さん、あなた、ごめんなさい。しっかりして」  母が青い顔で親父の名前を呼び続けて謝ると、掠れた声でお前が無事でよかったと返事が返り、母から視線をずらし、俺を認めた親父の顔がくしゃりと歪んだ。 「せっかくの夏祭りに水差しちまった。せっかくいい思い出作れたと思ったのに、恰好の悪い所ばかり見せて、ごめんな。……また、東京に遊びに来てくれるか?」 「行くよ。今度は、母さんと一緒に行く。一杯いろんなところ案内してくれよな。俺、欲しいものがあるから、それも買ってくれ。そしたら、カッコいいって思うかもしれない」  父が泣き笑いした。
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