大人の奥行き

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「あの噂はね、前のお父さんのゴルフ仲間だった横山夫婦が流したの。私の十歳の誕生日に、お父さんがあの人たちとゴルフの約束しちゃって、送迎は順番制だからお母さんにゴルフ場まで送っていけって言ったの。それで大喧嘩になっちゃって、お母さんも怒りが収まらなくて、横山夫婦に娘の誕生日も祝えないから、毎週ゴルフに主人を誘わないでほしいって頼んだの。楽しみに水を差されたから、あの人達根に持ってるのよ」 「酷いな。それ。大人を叱る人がいないせいか、大人って時々、信じられないくらい幼稚だよな。倫理とか道徳とかさ、大人こそ補習を受けるべきだと思う」 「ほんと、そう。お義父さんが、ここに住むって決めたのは私のためなの。親の離婚で傷ついた私を知らない場所へ連れていったら、辛い気持ちを打ち明ける友人もいないから、かわいそうだってお母さんに言ったらしいの」  初めて聞く話だった。見かけがひょろっとして、色白で大人しそうな結衣の義理の父親は、外見とは反対に芯の強い人らしい。 「ふ~ん。かっこいいじゃん」 「うん。あの頃はまだ、本当のお父さんが帰ってきてくれないかなって思っていたから、今のお父義さんを思いっきり避けていたの。そしたら、お母さんが話してくれたの。恩着せがましく聞こえるから、結衣には言わないようにってお義父さんが口止めしてたって」 「そっか……いい親父なんだな」  俺のところとはえらい違い! という言葉は飲んだ。 「そういうことなら、遠慮なく結衣のお義父さんに櫓組みの手伝いを頼もうかな」 「ほんと? お父義さんに伝えとくね。きっと、はりきって参加すると思う」  結衣が嬉しそうに笑うのを見て、一度に色んな感情が湧いた。  相手を思いやり、家族であろうとする結衣たちの健気さが、切ないくらい眩しくて……なのに手放しで喜べないのは、胸の内に巣くう羨望のためか。自分だけが幸せから爪弾きされているような疎外感。 「陽翔、浮かない顔してる。もし、お父さんのことで悩みがあるなら、いつでも相談に乗るからね。じゃあ、夏祭りに行く約束も取り付けたし、今日は帰るわ。このバスタオル借りていくね。洗って返すから」   結衣は俺を気にかけつつも、バスタオルですっぽり覆われた上半身を翻して隣の家へと駆けていった。
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