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フェンス越しに見送ろうとして、ぎくりとしたのは、まだそこに笹木のじいさんが居たからだ。
「あっ、すみません。さっき変なことを言って」
「いやいや、いい話を聞かせてもらった。結衣ちゃんの苗字が中井に変わってもう三年も経つんだな。まだまだ当時のことでとやかくいう人もいるから、結衣ちゃんもなかなか回りの大人に心を開いてくれないと思っていたが、お義父さんのために変わろうとしているのが分かって嬉しいよ」
「えっと……それって、櫓を組む手伝いを、お義父さんにお願いするってことですか?」
「そうだよ。結衣ちゃんは、お義父さんのために、居場所を作ろうとしているんじゃないかな。夏祭りは企画から催行まで、町の人たちが一つになって取り組む行事だから、中心となって働く役員さんには、みんな感謝して、一目置くからね。お義父さんが櫓を建てるのに一役買うことで、結衣ちゃんは、お義父さんをみんなの中に溶け込ませたいんじゃないかな」
「そうかな? あいつはガキだから、そんな深い意味で行動しているのかちょっと疑問」
ハハハハと笹木のじいさんが、目じりの皺を深くして笑う。つられて俺も笑った。だが、じいさんは人の良さそうな笑みはそのままに、目を光らせて言う。
「まだ中学生の女の子だとしても、女性を舐めてはいかんよ。去年までは私に対しても素っ気なかった結衣ちゃんが、今年私が町内会の会長になった途端に、愛想が良くなったのはどうしてだと思う?」
意味あり気な沈黙に、そりゃあ……と答えかけて、俺は何だろうとわざとらしく首を傾げる。
結衣がじいさんにへつらったのは、俺の彼女に間違われたからなんて言えるわけがない。
「分からんか。多分、お義父さんのためにも、まずは手始めに、町内会の役員をまとめる私に近づこうとしたんじゃないかな。辛い思いをした結衣ちゃんがみんなに心を開いてくれるなら、私は喜んで役に立つよ」
「そんな計画的なこと、まさか、あいつが……ハハハ」
俺の笑いは途中から乾いたものになり、喉に引っかかって消えた。
俺の方が、勘違いしてたってか?
俺ってば、自意識過剰のおおバカヤロウじゃん! すげー恥ずかしい。
俺は心の中でじいさんに、人気取りなんて思ってごめんと謝った。
「結衣の願いを叶えるために、騙されてやるなんて芸当俺にはできないや。俺は、物事の表面しか見てなかったんだな」
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