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「陽翔君は真面目だし、若さゆえの正義感を貫きたいこともあるだろう。受け止めてもらえないと、苦しいものだがな、歳を取るごとに図太くなった私に言えるのは、女性に比べると、男は愚かで単純ってことだ。私も長く生き多分、沢山愚かなことをした。でも、死んだばあさんは、私をとことん追いつめることをしなかった。ちゃんと帰れる場所を残してくれたから、何とか今までやってこれたんだろうな」
笹木のじいさんが言う通り、俺は正義感ってものを振りかざしていたのかもしれない。大人を責める言葉はすらすら出てくるけれど、何でもできて当たり前だと思っていた大人を褒めるのって、結構難しい。
町内会会議で見た笹木は、町内で起きたいざこざにも真剣に耳を傾けるし、年配女性の小さな意見も蔑ろにしない。新しい案も積極的に取り入れていく姿勢もあるから、年齢を問わず役員からの信望が厚かった。
それを亡き妻のおかげだと言われてもな……
「それは、謙遜って感じがします。上手くいえないけれど、町内会議に出て分かったのは、笹木さんは人望があるなってことで、奥さんのおかげって言えるのも、実力がある人の余裕かなって……」
「いや、いや、これは、参ったな。年寄りは、若竹の成長の速さには、ついてゆけん。でも、内助の功は本当のことだよ」
笹木が慈愛のこもった眼差しを俺に向けた。
「お父さんに伝えてくれ。夏祭りで一緒に飲もうと、笹木が誘っていたと連絡しておいてくれ」
俺が曖昧に頷くと、笹木は約束なと念を押して帰っていった。
「お節介なじいさん」
老人にしては姿勢のいい背中を見ながら、聞こえないくらいの小さな声で、俺はぶっきらぼうに呟いた。
笹木はほんの数軒先の家に戻るのでさえ、近所の誰かに話しかたり、話しかけられたりしている。他人が育てている花や子供の話を、自分のことのように喜んで聞く姿は、まさに好々爺そのものだ。
二週間ほど前には、父のことを聞かれるのが嫌で、人の懐に難なく入ってしまう笹木を警戒するあまり、ネガティブな見方しかできなかったけれど、今は視界が嘘のようにクリアになっている。
信じてみるか。大人の思慮ってやつを。
じいさんは俺に、追いつめすぎるな。帰る場所を残してやれと暗に告げた。まだ、親父と話すにはわだかまりがありすぎて、電話をする気にはなれないが、せっかくじいさんが、きっかけを用意してくれたんだから……
『夏祭りどうする? 笹木のじいさんが一緒に酒を飲もうって、伝えてくれだってさ』
その夜、俺は四カ月も放置していた親父のラインを開き、メッセージを送った。
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