夏祭り

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 ところが、ところがだ。さすが中井家の噂を流し続けていたおばさんは、しつこかった。 「宮田さん、ちょっと、お宅の息子さん失礼じゃない。謝らせてよ」  やっぱり、一発殴っときゃよかったなと思いながら、俺は、息を整えて背筋を伸ばした親父の顔を見た。  どうせこの場を丸く収めるために、心にもない詫びをいれさせるんだろうな。子供だからという理由で。  フンと鼻を鳴らすが、親父の言葉がかぶさって消された。 「イヤ~、横山さん、うちの息子は今反抗期で、多少ツンツントゲトゲしてますがね、昔から正直なところが取り柄なんですよ。愛想をつかすどころか、嘘の言えないこの不器用さがかわいくてね」  えっ!? と誰もが顔を見合わせる。陽翔が正直ならば、横山がゴルフの送迎を断られた理由から、中井家族を目の敵にして、でたらめをばら撒いていることが本当だということになるからだ。  それだけでなく、横山が陽翔に言った、陽翔の父親は、生意気な息子に愛想をつかして出て行ったんじゃないかという言葉を猛烈に皮肉って返したことにもなる。  飄々とした物言いに隠された痛烈なパンチを浴びて、横山が目を白黒させる様子に、周りからクスクス笑いが漏れだした。  親父は、さあ行こうかと俺の背に手をあてて歩き出したが、アッと声をあげて立ち止まった。 「そういえば、横山さん、早く家に帰られた方がいいですよ。駅からここに来る途中、どなたかの車から降りるご主人を見かけたんですが、かなり酔われているみたいで、ゴルフバッグを担いだ途端に、よろめいてましたから。そうだ、あの車見たことあると思ったら、戸川さんのだったかな。懐かしいな。まだ一緒にゴルフをされているんですね」  親父が俺の背を押して、再び歩き出す。横山に悪感情を見せることもなく、さっさと帰るようにと幕引きをしてやった親父の腕前は大したものだ。  感心していたら、また親父が立ち止まり、その先に立っていた中井と結衣に会釈をした。
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