夏祭り

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「中井さん、今日は私の代わりに櫓組みを手伝って頂いて、ありがとうございました。助かりました。私は趣味で息子と太鼓の鉄人をやるんですが、今度一緒にやりましょう。家に遊びに来てください」 「その太鼓のことは、結衣から聞いています。去年は終わりがけに雨が降って、太鼓の見せ場が中止になったとか」 「ええ。どっちが大太鼓を打つか、陽翔と鉄人勝負をして、僅差で負けました。これからどんどん追い越されると思うと、歯が立つうちに、かっこいいとこ見せておきたかったんですけどね、祭りは中止になるわ、不甲斐ない所を見せるわで、ついてません」  不甲斐ないと聞いて、俺は視線を逸らした。顔に出さないようにと思っても、つい反応してしまう。だが、逸れた視線は中井の言葉ですぐに戻った。 「用意してありますよ」 「えっ? 何がですか?」  俺と親父の言葉がはもる。中井はにっこり笑って、行きましょうと櫓の方へ歩き出した。結衣は黙って後からついてくる。 「櫓組みが終わった後、陽翔君と結衣は先に帰ってもらったから知らないでしょうけれど、組員さんたちが、陽翔君の頑張りをえらく褒めたんです。お父さんの不在を埋めようとして、一生懸命手伝ってくれた陽翔君に、何かしてやりたいと誰かが言い出したので、太鼓のステージはどうかと提案したんです。そしたら、全員一致で決まりました」 「中井さん……」  俺は感動のあまり声が詰まってしまった。  とんだサプライズだ。家庭の事情が筒抜けの田舎なんて、鬱陶しくて堪らないと思っていたけれど、みんなで見守ってくれてたんだな。  くそっ。プライバシーが無いのも、いいと思える日がくるなんて。 「俺、あの……中井さんの方こそ手伝ってくれたのに、俺のことですみません。ありがとうございました」 「陽翔君は、結衣の大事な友達だから、僕も君との絆を大切にしたいと思う。お父さんが帰るまで、困ったことがあったら、頼ってくれていいからね」 「ありがとうございます」 「中井さん、助かります。息子をよろしくお願いします」  男親同士が俺のことで頭を下げる光景を見ていると、なんだか俺が入り婿するみたいで、むず痒い。大人はこういう挨拶や言葉を平気で言えるところがすごいよな。俺なら照れて嚙みそうだ。結衣も同じ気持ちらしく、目が合うと恥ずかしそうに笑った。
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