夏祭り

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「きっと尾ひれがついて、ノックダウンしたとか言われそうだ」  想像した俺が思わず顔をしかめるのを見て、親父がククッと喉で笑う。 「俺はここで育ったから、近所づきあいのない東京のマンションは寂しいよ」 「だからって、何でも許されるわけじゃない」 「ああ。そのことで話したかったんだ。遥香ちゃんもな、田舎の子なんだよ。距離感が近いっていうか、都会に慣れないっていうか……学生時代にバンドを組んで、いつかデビューを夢見て、みんなで東京に出てきたらしいんだが、解散してそのまま就職したんだと」 「同情でつきあったってわけ?」 「違う。出会ったのはゲームセンターだ」 「はぁ? ゲーセン? もしかして太鼓の鉄人をやりに行って会ったとか?」 「よく分かるな。やっているときに、あのこが後ろで見てたんだ。遥香ちゃんはドラムをやっていたから、意気投合して、お互いの得意分野で勝負して引き分けになった。ドラムは足も使うから、ネットゲームだと物足りないらしくて、太鼓の鉄人のホームゲームを勧めたんだ。それで買ったら対戦しようってことになって、メアドを交換したんだよ。あの日は遥香ちゃんから連絡が来て、カフェバーで落ち合ったんだ」  俺は頭を抱えた。これは信じていい話なんだろうか? 不倫を隠すために、適当な作り話をしているんじゃないのか? 検証するつもりで、あの時の状況を頭に思い浮かべてみて、ハッとした。 「そういや、スティックって隠語じゃないのかよ。俺のスティックは一見の価値があるなんて、エロいこと言っただろ。あのおば……お姉さんだって、エッチって言いながら腰ふってたぞ。俺は騙されないからな」 「いや、あれはな、バチって言おうかと思ったんだけど、遥香ちゃんはドラマーだから、スティックって言った方がかっこが付くかなって思ったんだ。そんな俺を、遥香ちゃんはからかったんだ」 「アホか! 太鼓の鉄人やるのに、スティックっておかしいだろ! 紛らわしい言葉使うなよ。俺がどれだけ嫌な思いしたと思ってるんだ」  あんまりにもアホすぎて、涙が滲んだ。 「親父のことはアホだアホだと思っていたけれど、ここまでアホだとは思わなかった」 「ようやく陽翔が俺と口を聞いてくれて、すごく感動していたのに、そんなにアホアホ言うなよ。情けなくて泣きたくなるじゃないか。ほんと誤解させて悪かったよ」  泣きたいのはこっちだ。と言い返してやりたかったが、前から笹木がやってくるのに気がつき、口を噤んだ。
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