夏祭り

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「お~っ。宮田さん、祭りに間に合ったのか。仕事帰りにご苦労さま。丁度良かった。二人とも櫓に上がってくれ」 「私も、お邪魔していいんでしょうか」 「何を言ってるんだね、お祭り男が。祭りの締めに、親子太鼓を聞かせてくれたら、みんな喜ぶよ」 「よし、陽翔、いっちょ暴れるか」 「望むところだ。大太鼓と小太鼓の固定なしで、乱れ打ちをしよう」 「お前はやっぱりいい息子だな~。遥香ちゃんも、誤解をさせたことを気にしてたんだ。一緒に祭りに来られたら、この晴れ舞台を見せてやれたのに」  親父が感極まったように、俺の肩を抱いたまではよかったが、遥香の名前を聞いて、俺の頭に疑問が涌いた。  町民の視線が集まる中に、東京で出会った若い女を連れて来たら、どんな結果が待ち受けているのか、親父には分かっているのだろうか?  「一つ確認しておく。もし、俺が訪ねなかったら、太鼓の鉄人だけで済んだのか」 「そりゃあ、まぁ、あれだ。ハイになって、理性が飛ぶこともないとは言えないが、俺は浮気はしない。というか、できない」  なんじゃそれ? と思ったときには、広い会場に俺たちを紹介する親子太鼓のアナウンスが流れ、俺たちは櫓の上で拍手を浴びていた。  バチを持つ。垂直に立てられた大太鼓に向き直り、邪念を払う。  気持ちに濁りがあれば、撥ね返る音に気圧されて、バチを振るう手が鈍る。 「ハアッ!」  掛け声と共に一発ドンと打ち込むと、大太鼓の裏で、親父がリズミカルに小太鼓を打ち始める。リズムに乗って血が踊り出し、気迫を込めてバチを振り下ろす。  ドンドドンドン ドンドドンドン  大太鼓の裏の親父の姿は見えないが、打てば響くの言葉通り、親父が絶妙なリズムで応え、俺も攻め込んでいく。  親父に大太鼓を任せ、ステージの手すり側に置かれた小太鼓を打つ時に見えたのは、微動だにせず俺たちを見上げる人々の熱い視線だ。無言の興奮が這い上り、ビリビリと俺の肌を焼く。再び身を翻して挑む大太鼓。古代には、神と交信するための祭事に使われたという太鼓の音が、人々の鼓膜と鼓動を揺さぶって、ただ、ただ音を追う無の世界に押し上げていく。  ダン! ドドドドドドドド ダダン! ダン!  ゆっくりバチを下ろし、観客へと向き直る。  聞こえてくるのは、息を詰めていた観客が吐き出す感嘆のため息と、歓声、割れんばかりの拍手。  親父が滴る汗を拭いながら、俺の横に並ぶ。頬を伝わるのは汗だと思ったが、親父が俺を見る目は、潤んで赤かった。 「最高の思い出をありがとう」  俺は目を瞬かせながら、ただ頷いた。
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