本物の家族

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 親だから自分の願いを叶えて当然と思ってごねていたさっきのガキみたいに、今は子供として甘えてやる。本当は欲しいものなんてないけれど、俺の父親なんだから、子供に貢いで父親面してみせろよな。俺の顔も泣き笑いになった。  運ばれた病院の検査で、母は軽い打撲だけだと分かり、父は腕の骨折と、背中や腰などの打撲で数日入院することになった。あれだけ派手に崩れたパイプの下敷きになったにしては、運が良すぎだと思う。 「きっと俺の願いが神様に通じたんだな。早く治れよ」  ベッドの上で弱々しくありがとうと言った父は数日後には退院して、東京に戻って行った。左手が使えないのと、まだ身体のあちこちが痛む父の世話をするために、パートを休んだ母を伴って。  俺は塾の夏期講習の前期を終えてから、数日後に東京へ向かい、そこで驚くべきものを見た。  洗濯ものを取り入れる手伝いをした時のことだ。  父のシャツに印刷された手書き文字に目が行き、何だろうと思って読んだ。 1.もし、宮田寿喜が浮気をしたら、財産全てを妻、実穂に渡すことを約束する。 2.浮気が発覚して、実穂が離婚を望んだ場合、給料の半分を実穂がいいというまで払い続けること。 3.上記とは別に、息子陽翔の養育費も払い、親権は実穂が持つことに同意する。 「なんだこれ?」  俺は思わずアンダーシャツを両手に掲げて叫んでしまった。 「えっ? 陽翔、お前知らなかったのか? 異動する時に、母さんが俺の浮気を心配したから、宥めるために誓約書を書いたんだ。そしたら、母さんが、パソコンに取り込んだ文字を反転させて、紙に印刷してから、シャツにアイロンがけでプリントしたんだよ。陽翔が追加で持ってきたシャツにもプリントされてたんだぞ」 「ゲッ……」  恐る恐るキッチンを見ると、母が鼻歌を歌いながら夕食の準備をしている。  俺はあの時、浮気をした男のために、下着なんか買ってやるなよって情けない気持ちでいたけれど、とんでもない呪いの切り札が隠されていたわけだ。  大人しく、尽くす妻の外見からは想像できない策略家の顔。恐るべし母親!   夏祭りで、親父が俺は浮気ができないんだと言った意味がようやく分かった。手玉に取られていたのは、親父の方だったわけだ。  腕に包帯を巻き、眉をハノ字に下げた親父を見て、思わず笑いが込み上げた。笑っちゃかわいそうな気がして、反転してベランダから外を見る。  田舎がある方角には、ビルやマンションが立ち並び、当然故郷の景色は見えないが、夏祭りの前、結衣のことを見誤っていた俺に、笹木が言った言葉が、耳をかすめていったような気がした。  ——女性を舐めてはいかんよ——  この夏、俺は、ひび割れた少年の殻から抜け出した。                                           了
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