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リブロフリーフ 一煎目
ぼろ、と有凛の大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。
「勝手な事言うな。ふざけんじゃねえよ」
滑舌の良い声が、僅かに震えている。
どん、と背中を壁に背中を押しつけ、拳を握りしめた。
「俺はものじゃない。…俺を抱く気なら、番になってからにしろ。…じゃなきゃ、そうなる前に、死んでもここから逃げてやる」
なんて、啖呵を切りはしたが。
実際のところ、手を出されることもなく、はっきり言って、とても大切にもてなしてもらっている。
いや実は、ここの国王は、
なんだかんだ言って、寛容だった。
……のかも、しれない。
「有凛さま、お薬です」
「サンキュ、ルガート」
国王の第一側近であるルガートは、必ず朝一で有凛の元を訪れ、朝食とともに薬を持ってくる。
「と、言うかさ。いるか?これ。フェロモン抑制剤だろ?俺、Heatしたことないし、普段いらないだろ」
「Ωの方はデリケートですから、念のための予防でも使用するのですよ。それ以外にも、体調を整える効果があります」
「本当かよ…」
全く信用していない表情、それも半笑いで、それでもいつものように薬を受け取った有凛がそれを飲み込んだことを確認し、
「少し熱がおありですね。お休みになりますか」
ルガートは切長の眼で、離れた場所からではあるが、そっと有凛を覗き込んだ。
常に冷静で涼しい表情をしている彼は、有凛を絶対にぞんざいに扱わず、主の国王と同じように接してくる。
それどころか、国王よりもよほど紳士的で丁寧だと有凛は思っている。
はー、とくたびれたため息をつき、
「昨日ヴェルとやりあったからな。間違いなく、絶賛消耗中。もう、疲れて疲れて…でも、見ただけでわかるわけ?」
有凛が目を丸くすると、ルガートは静かに笑った。
「主人の健康管理は仕事のうちですから」
「…なら間違ってるだろ。俺は主人じゃない」
「大差はございませんよ」
「いや、それ、困るから。というか、かなり困ってるから」
有凛はやはりゲンナリした表情で続けた。
「そろそろいいだろ?ヴェルは、俺を番にする気はないんだから。それなら、とっとと俺を元の世界へ返せよ。俺は絶対に」
ルガートは苦笑した。
「そればかりは、私にはお力になれません。せめて、居心地良く過ごしていただくためのお手伝いはさせていただきますよ。…これは、ヴェルアス様」
ルガートの最後の言葉に有凛が顔を顰めて振り向くと、若く美しい国王が、いつもの無表情で近づいてきた。昨夜は、家に帰せという有凛と、そのつもりはないとあっさり突っぱねるヴェルアスの攻防が遅くまで繰り広げられていた。有凛は平素から客人扱いなので日々好きなように過ごしているが、曲がりなりにもヴェルアスには国の仕事がある。
ヴェルアスが有凛をみて、僅かに眉を寄せた。
「熱があるな、有凛、今日は休んでいろ」
「ヴェルもわかるのかよ……。何なの二人とも。大丈夫だって。…ヴェルこそ、顔が疲れてるぞ」
ぴくり、とヴェルアスの眉が動いた。
「残念ながら、普段からこんな顔だ」
「ご愁傷さま。ここに来る時間があるなら少し寝ればいいのに」
笑いながら有凛が言えば、ヴェルアスは一瞬動きを止めたあと、
「有凛、来い」
あっさりと言い放った。
「え。やだ」
そして、有凛はそれに即答。
はっきり言って、国民ならばとっとと食い殺されても文句は言えない態度だ。
だが、有凛は幸い、そうではない。
そして、国王の恐ろしさを、これっぽっちもわかっていない。
「嫌がるな。手を出すつもりはない」
「本当に?」
呆れたように国王は有凛を見下ろした。
「嘘をついてどうする」
有凛は微笑み、
「なら、行ってやるよ」
「そのかわり」
「…なんの代わりだよ」
「リブロフの深煎、一煎目を」
げ、と有凛が嫌そうな顔をした。
「嫌がらせか!リブロフリーフ、美味しいけど淹れるのめちゃくちゃ難しいんだよ」
「お前はルガートよりもあれを淹れるのがうまい」
決して、ルガートが下手だというわけではない。が、これに関しては有凛の方にセンスがあるようなのだ。
「そーですかね。ルガート、気を悪くすんなよ?どうせ俺を連れてく口実だし。じゃあ、ぬるめのお湯と、熱めのお湯、両方用意してくれる?」
ふんわりとした黒に近い焦げ茶色の髪を揺らし、有凛が黒い瞳で微笑めば、ルガートも微笑して小さく頷いた。
「はい」
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