Ⅰ 颯(小学6年生)

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……そして。 あの騒動から一週間が経った。 朝七時半、我が家。 お母さんの作った朝ごはんを、家族で囲んで食べるいつもの朝の風景。 ……ただ、いつもの風景じゃないものが、ひとつ。 「お母さん、この小松菜の和え物、めっちゃおいしいですね!」 「あらー、岬ちゃんほんと!? だれも言ってくれないからおばさんうれしいわー!」 ……くだんの女子高生は、なぜか、我が家で朝ごはんを食べるのが日課になってしまっていたのだった。 うちのお母さん曰く、 「岬ちゃん、お母さん亡くされてて、お父さんと二人きりで暮らしてるそうじゃない? しかもお父さんは朝早く出てっちゃうらしいから、朝ごはんは一人でパンとか適当に食べてるって。それならおばちゃんちに来なさいよーって、せめて今回のお礼にーって。突飛な提案だったかもしれないけど、結果的に喜んでもらえてお母さんうれしいわぁ」 だそうだ。 小松菜の和え物を一口食べて、おれは向かいに座る岬さんをチラ見した。 一週間経つというのに、未だにお母さんのごはんを物珍しそうににこにこしながら食べる岬さん。 そして、そんな表情を満足げに見つめる母。 ……なんかこれ、この前、朝読書で読んだことわざ辞典に載ってた気がする。 えーと、たしか……。 『将を射んとすれば、まず馬を射よ』? ……女って、怖い。 「お母さんごちそうさま! おれ、今日生き物当番だから早く行くわ」 なんだか寒気がして、急いで家を出ようとする。 「あっ、待って颯くん! わたしも一緒に登校……」 相変わらずおれに付きまとう女子高生に、おれは勢いのままに言い放った。 「岬なんか待たないっ! 行ってきます!」 ランドセルを背負い、リビングを出る。 「あっ、こら颯! 『岬ちゃん』でしょうがっ!!」 「えっ、でも呼び捨てもうれしい……。じゃなくて、颯くん待ってってば~!」 そうぞうしい母と女子高生の言葉をBGMに、おれは、家の玄関を開けた。 その後の八年間、いや、なんなら一生にわたって回り続ける歯車が、動き出したことも知らずに。
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