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彼はパンにジャムを塗ったあと、不機嫌そうにそれをかじる。
寝癖がぴょんぴょんしていて、とてもかわいい。
けど、それを言ったらますます機嫌を損ねかねないので、わたしは口をつぐんだ。
「岬ちゃんはミルクティーでいいよね?」
亜希子さんが、マグカップを差し出してくる。
ふうわりと立ち上る甘い香りが、わたしの鼻孔をくすぐった。
「あ、ありがとうございます!」
「岬、もうすぐ試験でしょ。こんなとこでアブラ売ってていいわけ?」
うっ……。とげとげした口調で、痛いところを突いてくる。
わたしはミルクティーを一口含んでから、おずおずと答えた。
「ちょ、ちょっと気分転換に、ね~……」
「なに甘いこと言ってんのさ。あと、おれだって忙しいの。岬になんて付き合ってられないの。わかる?」
中学生になって、颯くんはだいぶ生意気を言うようになった。
そこがまたかわいいんだけど、それもまた言うと余計にむっとさせちゃうので、カワイイと呟きかけた口を必死に閉じる。
と。
颯くんの背後から、まるめた新聞が彼の頭めがけて振り下ろされた。
ぱこん! と、小気味のいい音が響く。
「いってぇ!」
「こら颯、なに偉そうに言ってるの! ごめんね岬ちゃん、最近反抗期でねー」
「べっ、別に反抗期じゃないし! そもそもそれを言うなら、思春期男子の寝込みを襲う岬のがたち悪い……」
「あらあら、そんな言葉どこで覚えたのかしらねこの子は。お母さんが何回起こしても起きないから、代わりに起こしに行ってくれただけなのにねー」
「ぐっ……」
そう言ったきり押し黙る颯くん。相変わらずお母さんに敵わないところも愛おしい。
できることなら、こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
勉強しなくちゃだとか、大人にならなくちゃだとか、なんにも考えないで。
この幸せな時間が、ずっと、ずっと。
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