Ⅱ 岬(高校3年生)

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ぶっきらぼうに、颯くんは右手を差し出す。 その手は、バンダナでくるんだ包みを握っていた。 わたしは、ゆっくりとその包みを受け取る。 「あ、亜希子さん……」 じんわりとまだ温かいその包みを、わたしは思わずぎゅっと抱きしめた。 その温かさを感じていると、少しずつ、視界がかすみはじめる。 ぽたりと、包みに、雫が垂れた。 「……うーっ……」 「……うわ、バカバカ、なんで泣くんだよっ!!」 張り詰めていた糸が、ぷつんと切れた。 止めようと思っても、涙があふれて止まらない。 目の前には、ぼんやりと、あわてた顔の颯くんが見えていた。 「ちょ、ちょっと、泣き止めよ、誰かが見てたらゴカイすんだろ、てか今日受験だろっ!?」 「ぞ、ぞんなごと、言っだっでぇ……っ!!」 だめだ。もう、セーブがきかない。 自分が思ったより、限界だったみたいだ、わたし。 こんなにも、人の優しさが、沁みるなんて。 颯くんの優しさが、嬉しすぎるなんて。 そんなこと、きっと考えもしない颯くんは、なんとかわたしを泣きやまそうと必死みたいだった。 颯くんの右手が、ひらひらと目の前に映る。 それから、「おーい、おーい」と、困ったような声がして。 それでも涙がこぼれるわたしに、颯くんは、小さく舌打ちをした。 「……ったくっ!!」 ……そのとき。 一瞬、なにが起こったのか、まったくわからなかった。 ただただ、左の頬が、急にかぁっと熱くなって。 カチャリと、左耳に、颯くんのメガネが当たった音だけがした。 ……え? ……いま、ほっぺに、颯くんの、くっ、くちびる、触れっ……!? 「じゃ、じゃーなっ! 試験中寝んなよっ!!」 歪む視界の中で、自転車に飛び乗る颯くんの背中が見える。 「待って、颯くん」。 そう言おうとしても、唇が震えたまま、言葉にすることができなかった。 ……一体、なにが起こったの。 亜希子さんのお弁当を抱えたまま、とぼとぼと、駅に向かう道を歩く。 左頬が、焼けるように熱い。 左耳には、かすかにかかった吐息が、ぐるぐると渦巻いている、気がする。 え、えっと。 これは、つまり、えっと。 これが夢じゃなければ、えっと……。 そ、颯くんに、ほっぺ、チューされたっ!?!?
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