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ふわふわとした足取りで、駅の改札をくぐった。
ゆるむ口元を抑えられないまま、電車のボックス席から窓の外を見た。
いつもはしょっちゅう道に迷うくせに、なぜか迷いもせず、勘で試験会場に辿り着いた。
亜希子さんのおにぎりは、試験が始まる前にひとつ食べて、お昼にひとつ食べた。鮭と高菜で、美味しかった。
帰ったら、お父さんが、「よく頑張ったなぁ!」って頭をなでてくれて、すき焼きを作ってくれていた。
……って、こんな断片的なことは思い出せるけど、カンジンなことは、実はほとんど記憶になくって……。
気付いたら、ベッドに入って、ぼうっと、自分の部屋の天井を見上げていたのだった。
……本当は、やっぱり、あれ、夢だったのかもしれない。
だって、ありえないじゃん。
颯くんが受験の朝に来てくれて、しかも、わたしに、ち、チューしてくれるなんて。
そりゃ、言ったよ。『颯くんがチューしてくれたら東大だって受かる』とかなんとか。
でも、あれだって、さすがのわたしだって半分くらいは冗談で……。
そこまで考えて、ぼっと、火が出るんじゃないかと思うくらい顔が熱くなる。
いやいや、夢じゃない! 夢になんかしてたまるか!
颯くんが、わたしに、チューをした!!
「ふへ、ふへ、ふへへへへ……」
左の頬を抑えて、布団の中でごろごろと転がった。
窓から差し込む月の光が明るくて眠れない、そんな夜だった。
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