Ⅳ 颯(高校3年生)

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「えっ、一応聞いておくけど、岬さん、結婚とかしてないよね!?」 「してねーわ。就職して朝ごはんは食べに来なくなったけど、土日とかたまに家に遊びに来る。この前なんて、おれんちのバーベキューに勝手についてきた」 「……えっと、絶対ないと思うけど、颯、別に彼女ができたりとかも……」 「絶対ないって失礼な。……まぁ、実際できてねーけど……」 杏奈はぱちくりと、大きな目をしばたたかせた。 「……え、ほんと、なんで付き合ってないの」 「いや、逆に、なんでずっと杏奈はおれが岬のこと好きって誤解してるの?」 「はぁ!?」杏奈はがっくりとうなだれた。「……あー、もう、いい。呆れた。颯、あんた、いつか絶対痛い目見るよ」 「お前は場末の占い師か。とにかく、岬のことはもう、姉貴……みたいな? なんかそんな感じだから、おれは引き続き彼女募集中でっす! 杏奈、どう?」 おれが差し出した手を、杏奈はそこそこな強さでバチンと叩く。 「サイッテー、チャラ男、ドクズ、女の敵! そんなことしてると、ホントにいつの間にか大人の男の人にとられちゃうからね!」 「あんなヘンテコなやつ貰いたがる男の顔、むしろ見てみたいわ」 「うっわ、ドン引き。それに、わたしにはひがっちがいるから、颯みたいなガキなんて相手にしてられないの。ざんねーん!」 「じゃーねー!」。そう言って、杏奈は職員室に消えていく。 まったく、言わせておけば好き放題言いやがって……。 てか、ひがっちって、数学の東原先生だよな。あいつ、マジなのか。 ……そういえば最近、東原のネクタイ、ピンクとかドットとか、自分で選ばなさそうなやつが増えたなと思ってたけど……。 き、きっと気のせいだ。そういうことにしておこう。 そう自分に言い聞かせようとすると、びびびっと、頭の中で杏奈の声がしたような気がした。 「人の恋の心配より、自分の心配をしなさい!」。 ……そんなこと、言われても……。 だって、しょうがねぇだろ。 高一の時、多少変なことを口走りはしたけど、あれは思春期特有の言葉のアヤってやつで。 短大卒業して、地元の食品会社に就職してから、もう一年半。 あいつだって、会社とか取引先とか、とにかく色んな人と出会う機会が増えただろう。 きっとそのうち、こんなガキのことなんか忘れて、しれっと「結婚することになった」だなんて報告してくるに決まってる。 ……高校生相手に、好きだの付き合うだの言ってる歳じゃ、もう、ないだろ。あいつ。
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