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なにか言いたげな颯くんに背を向けて、わたしは駅に続く通路へ向かう。
颯くんたちと距離を置くにつれて、どんどん自分の足が早足になるのがわかる。
……なんか、昔も、こんなことあったな。
そうだ、あれは、颯くんが高一になったばっかりの時、女の子と仲良さそうに買い物してたのを、偶然見かけちゃったときだ。
あのとき、「追いかけてくれてないかな」なんて、一瞬期待してふり返ったけど、結局颯くんはいなくて。
……見なきゃいいのに、今日も、駅の改札の前で、一瞬、ふり返ってしまう。
けれどやっぱり、颯くんは、そこにはいなかった。
「自分はなんてめんどくさいやつだ」と思うと同時に、あの頃となにひとつ変わっていない自分に、嫌気がさした。
ピピッとかざすスイカの音が、右耳の奥で渦巻いていた。
颯くんが買ってくれたシェイクを片手に、わたしはぼうっと、電車が来るのを待っていた。
……まぁ、伯母の話なんて、もちろん嘘で。
あろうことか、このわたしが、颯くんとのデート、ほっぽらかしてしまった。
でも。
今日のわたし、なんか、変なんだ。
こんな中途半端なオトナが、颯くんから年相応の青春を奪っちゃってるんじゃないかと思うと、居ても立っても居られないんだ。
颯くんが本当に味わうべき幸せを壊してないかと思うと、不安で不安で、たまらなくなっちゃうんだ。
颯くんと付き合えて、二年。
今まで知らなかった颯くんを知って、どんどん颯くんのこと、好きになるのに。
好きになるたび、臆病になっていく。
恋って、もっと、人を強くしてくれるんじゃなかったの。
大人って、もっと、強いんじゃなかったの。
……明るいだけが、わたしの、唯一のとりえなのに。
どんどん自分が自分じゃなくなってしまうような気がして、シェイクのカップをぎゅっと握り締める。
残りのシェイクをずずっと吸い込んで、やって来た電車にとぼとぼと乗り込んだ。
空いている席がないかキョロキョロしていると、「あら?」と、聞きなれた声が聞こえた。
「岬ちゃん?」
とつぜん名前を呼ばれて、驚いて顔を上げる。
そこには、今一番、会うと気まずい人が……。
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