Ⅴ 岬(24歳)

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わたしの呟きに、颯くんは、ちょっと目線を左下に移して口を開いた。 颯くんが恥ずかしがっているときの、いつもの癖。 「ついてきて」 そう言って、颯くんは、右にあったマンションの敷地内に入っていった。 「えっ、ちょっと……!?」 颯くんは、そのマンションの階段を上っていく。 なんだかふわふわした足取りのまま、わたしは必死に後をついていった。 二〇四。そう書かれたドアの前に立って、颯くんは、わたしにふり向いた。 「その鍵で、ここ、開けてみて」 もう、なんて言っていいかわからなくって、わたしは無言で鍵を鍵穴に差し込む。 がちゃり。そう音を立てて、鍵が開いた。 ゆっくりと、ドアノブに手をかける。いとも簡単にドアノブが回って、扉が、きぃと開いた。 かしょん、かしょん、かしょん。 どこかで聞いた時計の音が、その部屋には響いていた。 「……颯くん、これ……」 「よかったらどーぞ、おはいり下さい。……まだなんもないけど」 そう言って、颯くんは苦笑いをする。 わたしはゆっくりと、その部屋に足を踏み入れた。 まずは、キッチンとダイニング。 その奥はリビングっぽくなっていて、隅にはいくつか段ボールが積まれている。 左側のドアの向こうにも、部屋がありそうだ。そして、お風呂とお手洗い。 間取りだけみても、とても、一人ぐらしの間取りではなさそうなのが、明らかで。 見上げた壁には、颯くんが衝動買いした猫の時計が、しっぽをゆらゆらと揺らしていた。 こ、これ……、これ……、これっ!! 「……部屋、借りちゃった。ちょうど岬も気に入りそうな、ピッタリなところが空いてたから」 そう言って、颯くんは、少し言いづらそうにしながら、頭をかいた。 そして、おもむろにわたしを見つめる。 「さっきの、誕生日の話だけど。おれがあのとき言った言葉、冗談じゃないよ。『岬が欲しい』ってゆーの」 どくん。その言葉に、心臓が、大きく脈を打つ。 颯くんの目は、なおも、わたしをまっすぐとらえていて。 そして、優しい顔で、わたしに言った。 「二十歳の誕生日。おれに、岬を下さい。一緒に暮らしませんか? おれと、ここで」
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