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国境を霧に囲まれたヴェリエールの最初の王はアナハバキの妻を迎え、アナハバキの民を篤く保護した。その見返りに、全てのアナハバキは王と国に仕えた。アナハバキたちの働きによって妖魔に襲われることのなくなったヴェリエールはよく栄え、国王は未来永劫の保護を約束する証として国名を妻の名であるヴェリエールと定めた。 ヴェリエールという名前はその昔、アナハバキの民では平凡でありふれた女性の名前だった。しかし、国名と同じ名前を持つ者が沢山いると奇妙だということで、面白みのかけらもない名前を親からつけられたたくさんのヴェリエールたちは、みな自分だけの名前にあこがれていたのでこれを機会にそれぞれ名前が重ならないよう気を付けて改名した。 さてヴェリエール人は黒髪黒目が特徴的だ。人によって濃淡の違いはあるが、ほとんどが濃い色をしている。 反対に、アナハバキの民は青髪青目が特徴だ。人によって濃淡の違いはあるらしいが、彼らは髪を隠す習慣があるので実際どうなのかはほとんどのヴェリエール人の知るところではない。おまけにヴェールをかぶる習慣まであるので、実際のところさっぱりわからない。 加えて酷いことに、アナハバキたちはヴェリエール人と違って姓を持たない。 フルネームで呼び合うことが常のヴェリエール人にとってそれはふしぎなことだし、そもそもアナハバキたちの名前はヴェリエール人にとってなじみの薄いものだった。ヴェリエール人で一番多い女性の名前は楊栄ようえいだが、アナハバキで一番多い名前はクロワズノワとくる。これだけでヴェリエール人にとってアナハバキの民がどれほど異質な存在かわかる。 しかしこの国の王宮では、この異質な組み合わせはそれほど珍しいものではなかった。 なにせ現在の国王・玉俊ぎょくしゅんはマアトというアナハバキの戦士をいつも連れて歩いているからだ。玉俊は玉座に座るにはまだ威厳も貫禄も足りない若き王だが、マアトを従えているので誰も下手な態度をとったりはしなかった。 マアトは見た目こそ壮年だが、その実500年は生きていた。アナハバキの中でも特に強い者たちは非常識なくらいに長生きなのだ。 王宮で使えるどのヴェリエール人よりも長く王宮に仕え、陰謀も策略も知り尽くしているマアトが若き王の忠実なしもべという事実は、王権を弱めたいと願う小心者の心を震えあがらせたので、つまらない争いは少なかった。 しかし、王権を弱めたいと願う心臓に毛が生えている連中もやはり沢山いるので、若きヴェリエールの王・玉俊には悩みは尽きなかった。 最近の悩みは、自分の忠実な下僕が忠実すぎるあまり子供を放置し、あまつさえ虐待しているのではないかということだった。
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