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背伸びしてる恋は、いつか終わる。
彼の指先に燻らせた紫煙の香が染みついていることを、わたしだけが知っている。
その事実は官能を疼かせた。独占欲と言ってもいい、裏側を見ることのできる優越感はイケナイコトをしているような錯覚を与える。
そっと当てた指先には醜く歪んだ愉悦が溢れていた。声を殺して慰める夜は珍しくなかった。
彼との付き合いは三年ほどになる。
男女の関係を持って季節は二度も巡ったが、恋人の仲になることはなかった。
寂しさを埋めるだけの間柄だと理解っていた。
その事実に、もどかしさを覚える時期はとっくに通り過ぎていて、だからこそ表向きにできない歪んだ所有欲を感じてしまうのかもしれなかった。
彼はスマートで、ハンサムで、ユーモラスで、クレバーな男だった。
わたしは、頭が悪くて、どこにでもいる、つまらなくて、バカな女だった。
二人を繋いでいるのは、僅かな孤独と、すぐ会える都合良い距離だけだった。
【会いたいな】
連絡を受けて電車へ乗り込む。週末だが、駅に人気は少なかった。
やめときなよ。
友人には、そう言われていた。
それでも会いに行くことをやめられなかった。
愚かだと自分でも思っているのに、街角で落ち合う瞬間を考えると心が弾んだ。
わたしを待つ時間に、普段は吸わない煙草を嗜む彼の姿を艶めかしく、愛おしいと感じるのは、盲目の恋に堕ちているからだろう。
奮発して、いいワインを買ったんだ。
自室に招き入れながら、余裕たっぷりの笑顔で腕を広げる。
おいで、と言われる前に胸元に顔を寄せた。香水と煙草の混じったにおいに頭がクラクラした。
見上げた先で、唇が触れる。
耳が熱い。
いつまで経っても慣れない唇を合わせるうちに水っぽい音が立った。
まって、せっかくだから、ワイン飲もうよ。
わたしが身をよじると、彼はそうだねと引き下がった。
注がれたワインの味は全然わからなかった。元々、そんな洒落た味がわかるほどアルコールは得意じゃない。
きっと高いんだろうな。
むりやり飲み干したグラスを置きながら、ふわふわする頭でおもった。
こっちにおいで
うん
いいこだね
うん
かわいいよ
うん
きれいだ
、
、、
、
、、、
、
、
ねえ
うん
抱きしめてよ
うん
もっと強く
うん
ねえ
うん
好きって言って
うん
言ってよ
うん
、、
、
、
、、、
、
ばか
うん
ばか
うん
すき
うん
ばか
うん
すき
うん
夜明け前、酔いの醒めきれない身体を無理やり起こした。
ベッドから彼を起こさないよう抜け出して衣類を身に纏う。
暗い中に聞こえる寝息。
ローテーブルに置かれた眼鏡。
微かに鼻腔をくすぐる、行為の残り香と煙草のにおい。
交わした睦言の残滓が漂っているみたいな、この時間は嫌いじゃなかった。
曝け出した姿はどう見えただろう。
幾度の逢瀬を経ても、彼が本心でどう思っているか想像もつかなかった。
取り繕ったわたしは、きっと。
かわいいのに。
きれいなのに。
いい子なのに。
見てくれを褒められた刹那の喜びの後に、いつも押し寄せるのは空虚さ。
暗い部屋が、現実が、感傷を塗り潰す。
ふいに
なにか、あふれた
気が、した。
「もう、いっか」
言葉に出して、妙にすんなりと納得した。
頬を伝う、世界でいちばん、ちいさな、海の欠片。
「頑張ったよね」
自分を慰めるように、小さくつぶやいた。
鞄を手に部屋を出た。
彼が目を覚ましたらどうするか想像しようとして、やめた。
暁光に、東の空はワインレッドのような不思議な色彩で滲んでいた。
その光景は、昨晩飲み干した葡萄酒よりもずっと、ずっと価値があるように感じた。
きっと、彼との日々を。
思い出を。
こうして、うつくしい世界は塗り替えていくのだと思った。
足取り軽く、帰路につく。
振り返ることはなかった。
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