Timeless

9/55
前へ
/55ページ
次へ
 母は滅多に泣かない。母が泣いているところを見たのは、私がまだ中学二年生の頃だった。両親がまだ気が若かった頃、よく酔っ払った勢いでしょうもない夫婦喧嘩をしていたのだが、その日もリビングで大声で怒鳴り合っていたのを自室から聞いていた。妹はまだ幼かったので、そういう日は私の部屋で寝させていた。やかましいと思いながら勉強をしていると、いつの間にか静かになっていたので、台所で麦茶でも飲むふりをしてさりげなく様子を見ようとリビングに向かうと、一人だけになっていた母が、真っ暗なベランダで祖父の写真を見ながら静かに泣いていたのだった。これはとんでもないところを見てしまったと思い、何も飲まずに静かに部屋へ逃げ帰った。あの母が泣くなんて信じられなかった。可哀想だとか、気の毒だとか、支えてあげなくちゃと思うより先に、泣いているところを見てしまったことに対する罪悪感に押し潰されそうになったのだった。母はあの時、私がリビングに来たことを知っていただろうけど、こちらに振り向くこともなかった。祖父の写真を見つめながら、何を思って泣いていたのかわからない。だけど、それ以降喧嘩の後に様子を見に行くことをやめてしまった。また泣いていたらどうしようという不安が、私の体を動けなくしてしまうからだった。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加