いつかの夢

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     ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 「定期連絡便が到着しました。今日もよろしくお願いします、ヴァンス」  ──そして俺は、見慣れた仮眠室で目を覚ました。小さく唸る空調の音。起きたての身体は妙に、重力感に乏しかった。  聞き慣れた行動支援AI(バディ)の声に、ようやく自分が当直の始まる頃合いまで、夢を見ていたのだと気付いた。多少長く寝すぎたことは幾らかあっても、こんなのは初めてだ。 「……随分長く寝ちまったみたいだな……。悪かった『クロック』、急いで準備する」 「問題ありません、ヴァンス」  相棒(バディ)相手に、素直に申し訳無さを感じていた俺に、当の相棒、『クロック』はさらりと答えた。 「睡眠状態のモニタリングから、少々起床に時間がかかりそうでしたので。85定期連絡便との作業開始時刻の調整を行いました」  なんてこった。つくづく有能だ、この相棒は。そう誉めたくなったが、これもに搭載された|『人心と実益に即した可能範囲での人間尊重』《『ハイ・ファイブ』ファジィサポート》のプログラムなんだと思うと、少し不思議な気分になる。 「ありがとう、クロック。何かお礼がしたいよ」 「それならば後で、私の子機をあなたが『趣味』に出掛けるときに持って行ってください。自由に移動する感覚というのは、やはりものなので」  それでは手短に、今日のミーティングをしましょう。クロックはそう続けて、今日の業務内容をざっくり説明し始めた。俺は起き抜けに砂糖多めのコーヒーを啜りながら、それを確認する。  確認しながら、改めて相棒(バディ)の凄さを思い知る。大雑把な全体主義に伴う、多少のヒューマンエラーや個人の生物的な特徴を機械的に「矯正」するやり方ではなく、細やかな情報収集と緻密な再計算に支えられた、人間の持つ様々な不合理性を加味したうえで成り立つ大雑把な個人主義。そしてそれに伴う、冗長性を持った再設計可能な全体主義の構築。  人類は今から八十年ほど前に、第一次技術的特異点(ファースト・シンギュラリティ)を迎え『膨大な計算力』を手にした。そしてそれは今、人類の生物としての脆弱性を人工知能が埋める形で、「すべての人類に対しての相棒」に形を変えたのだ。  彼等(バディ)は人間の、あらゆるミスや欠点を出来る限り許容する。  眼鏡や義歯や義手義足で、人類が自身の物理的なハンディキャップを埋めてきたように、人類の生物としての行動的バグを埋め、総体としてそのバグの影響を平均化する。そして何より、個人をあらゆる意味で出来るだけ尊重するために居るのだ。  この行動もそういうプログラム。  だが、それに何の問題があるのだろう?要は「心配りのマニュアルを持った相棒」だ。  マニュアルとその応用例を熟知して、実行出来る人物を何と思うか。決まっている。 「最高」、だ。
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