凡夫スターク=アマリリスは非凡だった

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凡夫スターク=アマリリスは非凡だった

 スターク=アマリリス。  有力な貴族、アマリリス家の現当主。  そして、巻き戻しの時計の製作者ウーズ=アマリリスの実の息子にして、クリステラ=アマリリスの実の父親である。  彼の貴族としての評価は真っ二つに分かれる。  一つは『平凡で目立った事を何一つ成していない凡夫』・『父親と比べて見劣りする』という散々に侮られたもの。  もう一つは『恐ろしく手際が良く、突き崩れぬ巌が如き傑物優男』・『あらゆる事態において大胆不敵だった父親とは違った汎夫不倒の無敵の怪物』という畏れ称えられるもの。  真逆の、両極端な、矛盾した評価をされている。  では、スターク=アマリリスの真はどちらなのかと言えば、どちらも正しいと答えるしかない。そこに一切の矛盾はないのだ。  スターク=アマリリスが先代から家督を引き継いで以来、彼の功績や偉業にどんなものがあったかと尋ねられると、誰も彼もが目を瞑って沈思黙考。記憶の本棚から彼にまつわるエピソードを引っ張り出してそれらしいものを探そうと躍起になる……が、最終的にこれといったものが出てくる事はない。  平々凡々。平均的。  パッとしないと言って良い。  が、『凡夫』や『父に劣る』と口にする者達はスターク=アマリリスをよく知らない、又は知った上で負け惜しみを口にしているだけに過ぎない。  災害に遭遇したことの無い領地は存在しない。災害は平等に無作為に容赦無く人々を殺すからだ。  派閥争いの為に弁論や金銭と言う名前の剣を取ったことの無い貴族は居ない。居たとしてもすぐ消えるからだ。  王より預かった領地を治める者達はこれらと向かい合い、戦う。  そこに回避の術はなく、理不尽に襲い掛かり、情け容赦無く破壊する。  平穏はないが謀略はある。  愛に現を抜かし得ないが、殺しあいという現からは抜け出ることはできない。  それが貴族の逃れられない呪われた鎖。  故にこそ、スターク=アマリリスは異常な貴族達の中においても『異常』としか言い様の無い(怪物)なのである。  先代がアマリリス家当主の座を退き、彼が当主として今日この時まで在った二十余年の間に彼の領地では冷害による不作があった。小規模な蝗害もあった。鉱山で落盤があった。鉱毒問題もあった。モンスターの大群が出たこともあった。不漁が起きた。潮流の異常で沖の養殖場が津波に襲われたこともあった。盗賊団がアマリリス家を襲撃したこともあった。偽造通貨が領地で広まりかけた。暗殺者が出た。先代に嫉妬した貴族が今代に理不尽に復讐せんと不正の証拠を偽造して告発したこともあった。  冷害が起きた時、寒さに強い作物が広まって餓死するものは居なかった。作物を保管する倉庫は初めから隙間無く造られていて、被害は軽微だった。落盤後、偶然近くに居たその手の救助隊が向かい、死者は無かった。鉱毒対策は直ぐ様研究者達によって成されて作物等への影響はなかった。冒険者達の大規模遠征訓練の時期と重なって直ぐ様モンスターの大群は制圧された。養殖場の規格が厳しく流されはしなかった。  盗賊団は襲撃の道中用意していた爆薬を誤爆して半死半生の状態で捕縛された。偽造通貨の大元は王国通貨管理委員会に裏社会の情報屋が協力したことで直ぐに捕まった。暗殺者は噂だったことが解り、アマリリス家には刃物の扱いの巧いメイドが一人増えた。スタークの告発は不発に終わり、どころか告発者の用意していた証人が告発者の不正を暴く事態となった。  スターク=アマリリスは大胆な行動をしない。突飛な手を使うことはない。  それでも、父親譲りの巻き込まれ体質でよくトラブルや大事に遭遇する。  ただし、トラブルや大事において、彼の使う手は何時でも最適で直ぐに解決に辿り着く。  目立つ事はない。大きな損失も発生しない。賛辞はないが惨事もない。  そして、何時の間にか何故か前より少しだけ栄え、いつの間にか当初と比べようのない大きさになっている。そして、そんな大事がいつの間にか起きている。  これをあらゆる事態で可能にする。そんな彼を知る人間は、だからこそ彼を怪物と呼ぶ。
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