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表
いつもより気取った衣装に身を包み、僕は覚悟を決めた息を吐く。
「よし、行こう」
その小さな呟きに仲間たちが反応する。
身長2mに届きそうな顔面傷だらけの大男が背筋を伸ばす。
「おう」
杖をついたよぼよぼの老人が、衰えを感じさせない目を光らせる。
「決めてこい」
ゴスロリの衣装に身を包んだ少女は扇子を口元に広げながらサイコパスに笑う。
「キャハハッ」
半歩後ろに続く親友は僕の背中を押してくれる。
「そう固くなるな、お前なら大丈夫」
そう、これは僕が始めた物語。前を向いて行こう。戦いは今から始まるのだ。
×××××××××××××××××××××××××××××
「え、それでコクられたの!?」
「うん……」
数日前、僕の部屋で親友のレオと僕はゲームをやりつつ雑談をしていた。
「まぁ冗談とかでそういうことするタイプの人じゃないし本気で好きなんだろ。良かったじゃねぇか、初彼女があんな美人で」
「でも何かの間違いじゃないか? 僕なんてイケメンでも頭がいいわけでもない一般人だよ? だいたい初彼女だし、どうやって接していいかわかんないんだよ」
先日、僕には人生初めての彼女ができた。……なはず。うん。
相手は学年一の優等生にして容姿端麗成績優秀運動万能の生徒会長、朝比奈しずく。才色兼備の十全十美、ありとあらゆる四字熟語を並べても表せない万能会長である。
ともかくそんな欠点なしの彼女が何故僕に告白をしてきたのかわからない。
昼休みに生徒会長に呼び出されたかと思ったら裏庭で告白された。会長はひとつ学年の上の先輩、クラスどこか学年も違うし部活も違う。そんな彼女からの告白は喜び以上に驚きと戸惑いが大きかった。
「人違いじゃないですか?」
困惑してそんな言葉を溢したがどうやら違うらしい。確かに数日前に荷物を運ぶ先輩を手伝ったがそれくらい誰でもやるだろう。
困惑はしたものの彼女のいない身の男子中学生、好きだと言われれば嬉しいし美人な生徒会長ならばなおさらだ。
「で、悩みがあってさ」
今日レオを呼んだのは恋愛相談だ。こんなこと他に話せる友達がいない。
「今度デートするんだけどどこ行けば良いかわからない」
「ここ都会なんだし何処でも行けるでしょ、会長の趣味知らんけどショッピングとかで良いんじゃ無いの」
「んー、いまいちピンとこないんだよね。カップルでのデートだよ? どうせならカップルらしくロマンチックな所に行きたいんだけどロマンチックな場所にいる自分が想像できない」
「なるほど」
真面目に考える気になったのかゲームをセーブしてレオは体を起こす。
「つまり直登はロマンチックでドラマチック、センチメタルでラブラブスイートなデートをしたいけどそもそもデートをしたこと無いからわかんないと。考えてやる、任せとけ」
そこまでは言ってないが。
「まず鉄板イベントと言ったらあれだ、制服しか見たことない彼女の私服を初めてみてそのギャップに驚き、照れながらも「『か、かわいいね//』って言うイベント」
「無理だろ、やってる自分がキモすぎる」
「世の男達はみんなやってんだ」
「嘘こけ。それにそういうのは不意打ちで来るからいいのであってリアクションまで想定してたらなんというか、興ざめだよ」
とは言え会長の私服はあまり想像出来ないが。
「それは確かに。
じゃあアレするか。不良に絡まれてる所を助け出すイベント」
こいつは本当に真面目に考えているのか?
「不良の友達なんかいないし、それはむしろ出会う時にやるやつだろ」
「互いに出会って間もないのなら変わらんだろ。それにほら、これ俺の従兄弟なんだけど良くないか?」
そう言ってスマホを見せてくる。レオとツーショットで道着を来たガタイのいい男がトロフィーを掲げていた。
「こう見えて小6、しかも虫も殺せないほどに優しいやつだよ。仲良いし万一にも危険もない、どうだ?」
どうだと言われても……、作戦とはいえ少しでも怖がらせるのは気が引ける。
「チンピラ二人に絡まれた哀れな生徒会長。学校なら先生を呼べるが今は外。それも初デートの日。思わず怖じ気づいて誰か助けを!って時に颯爽と飛び出す直登。『俺の彼女に手出ししないでくれる?』と彼女の手を強引に掴みつつチンピラを睨む。呆気にとられる皆を尻目に二人には街に消えて行く……」
「怖がらせて好かせようなんてそれこそ考えてることチンピラだと思うけど」
突然、襖から声が聞こえたかと思えば妹が腕組みしながら登場してきた。
「菜乃羽、盗み聞きするなよ」
芝居がかった登場の仕方しやがって。
うちの妹は今年小学6年生。年が近いながらも仲はいい。妹は重度のアニメ好きコスプレオタクで小学生という自分の価値に気付くや否や小学生のうちにしかできないコスプレを片っ端からしてイベントに出ている変人だ。母もコスプレ好きなので趣味はそこの遺伝なのだろう。最近は親子コスプレーヤーとしてちょっと有名だとかなんだとか。
「いい? しずくさんが兄貴のどこに惚れたか知らないけどこのヘタレなんだからかっこ良さとか男らしさなわけないでしょ。優しさとか誠実さとかその辺でしょ」
なんでこいつ生徒会長の名前知ってんだ、いつから聞いていたのやら。
「ならばその優しさを見せつければいいのよ。慣れないデートをしている二人、手を繋ぎたいのにきっかけもない。そんな二人の目の前に現れるは迷子の幼き女の子、『あの、ここどこですか?』あぁ可哀想に、親元をはぐれてしまった儚き小鳥を放っておけるはずもなく、少年は交番へ届けることを提案する。それに乗る彼女。幼女の左右の手を繋ぎながら交番まで届ける二人はまるで夫婦のよう。『お姉ちゃん達デート中?』そんな幼女のからかいに少年はそうだよ、と自信を持って答える。交番に着き、幼女を届けた後、先程まで握っていた、寂しくなった手は自然とお互いを求め合う……」
「警察に迷惑かけるなよ」
「レオさんの案こそ警察にやっかいになりかねないけど」
「はぁぁ? 直登妹のは確定でお世話になるだろ。だいたい優しい面なんて日常で見せられるんだからいざ非常時に男らしい面を見せるそのギャップがいいんだろうが」
レオと妹が言い争うが正直どっちも嫌だ。なんか、もっと、オススメのデート場所とかイベントとかを聞きたかったんだけど。
「気持ちはわかるぞ我が孫よ。だが人生とは自らが動き出さねば変えられん。都合のいい幸運なぞ降ってこないのだ。偶然に見える出会いですら自らの手で生み出し、それを想い人に捧げるためならばどんな努力覚悟も怠らないという信念。我が孫なら十二分に示すことが出来よう」
大層なことを言いながら祖父が現れる。まーた盗み聞きか。この家にプライバシーって概念はないのか?
「じいやはどっちの案がいいと思う?」
「どちらも良いしどちらも悪い。普段見せぬ男らしさを出すのも良いし子供という形で未来を見せるのもまた良いだろう。
だがわしがまた一つ、別の案を授けよう。確かにガタイのいい不良少年は恐怖だろうがこの世にはもっと怖い存在がおる。暴れる痴呆老人じゃ。不良より話も通じん、助けを呼んでも誰も近付かん、ムカついて反撃すればコロッと逝ってしまうかも知れぬ。連絡する場所もわからん、警察をも恐れぬ無敵の存在。それが痴呆老人じゃ。
デート中に突然絡んでくる痴呆老人、それはそれは災害と言ってもよいじゃろう。だが我が孫は彼女を庇いその身が傷付こうとも漢気を見せる。だがそこで反撃するのは真の漢ではない。全ての暴力をその身に受けてなお、弁論にて老人を諭し、いつしか老人は正気を取り戻し涙ながらに謝罪する。優しき孫はそれを許しなんと家まで送ると提案する。その慈愛にいたく感激した老人は道すがら語り始める。妻との出逢い思い出を。『おじいさんのような夫婦に成れるように僕達も頑張ります』その言葉に彼女もまたいたく感激し、情愛の心が身を焦がす。この先何があろうと今日を思い出し、きっと二人で乗り越えて行けるだろうと……」
「いや痴呆老人を見習いたくはないだろ」
「じいやこそ警察呼んで終わりだよ」
「一番被害受けるの僕では?」
理由なき暴力を受けなきゃいけないらしいし。
「というか大体の部分私のパクりじゃない? 私が暴れれば似たようなことになるでしょ」
「何を言う。菜乃羽ちゃんの案だとわしは木陰から見守る時に追いかけんではならんではないか。この歳になると腰がキツいでのお。わしの歩調に合わせて欲しいんじゃ」
「私もコスプレの関係でそんなに早く歩けないから大丈夫だよ」
木陰から後をつけるのが前提なのはなんなんだ。
「じゃがわしの案なら「いや、なんか俺の案が否決みたいになってるけど「脅迫行為は黙ってなさい「痴呆老人こそ脅迫だろ」」」」
わちゃわちゃわちゃわちゃ言い争う三人を遠目に見つつデートプランを考える。この三人に任せていたら全てが崩壊しそうだ。
妥協しようか。そもそも適当なお店に行って適当にショッピングして、映画でも見て帰ろうか。
大半のカップルはそんなもんだろうしロマンチックで特別なことは滅多に起きないからこそ特別なのだ。
今後デートを重ねていく上でそんな特別があるかもしれない。そんなくらいの心持ちで十分だ。
そもそもなんで僕はこんな、生き急いでいるかのようなデートを考えようとしたかったんだっけ。
それは……、不安だからだ。
初デートが不安なんて当たり前だろう。だがそれ以上に、自分は彼女のことを余りにも知らないまま付き合ってしまったのだ。
何が琴線に触れたのかわからないがその何かが外れてしまえば僕は捨てられるかもしれない。
つまらない男と蔑まれるかもしれない。
だから、せめて派手に、ロマンチックでイベントに絶えないデートならきっと飽きずにいてくれると思えたのだ。
彼女に告白されて、幾度となく彼女を想って、もう関係のない他人ではいられなくなってしまった。
まだ付き合いは浅いかも知れない、互いに知らないことばかりだ。だがそんな繋がりでも、否定されたくないものになってしまった。
「で、結局」「決めるのは」「兄貴だよね」
そう、僕が決める問題。だから普通なんて嫌。
他の人が付き合う前の思い出話で盛り上がるなら、僕は過去のことなど忘れるくらいの今を作る。
アホらしい計画だっていい、最終的にバレたって問題ない。彼女が楽しんでくれる特別を作るためなら、その労力を惜しまない。
「全部やろう。行きにレオの案、途中で菜乃羽に会って映画でも行って帰りにじいやに会えばいい。詰め込み過ぎたがその方が特別だろ。
レオ、菜乃羽、じいや、頼む。手伝ってくれ」
僕は頭を下げる。ここまで真剣に人に頼みごとをしたのは初めてだ。
その心が響いたのか三人とも快く受け入れてくれ、当日の詳しいプランについて話し合い出した。
×××××××××××××××××××××××××
集合時間15分前に待ち合わせ場所に辿り着く。
「じゃ、私たちは適宜行動するから合わせてね」
金髪ゴスロリの西洋人にしか見えない妹がご機嫌そうに手を振る。兄である自分ですら妹か迷う格好で、そこまでする必要も無いと思ったのだが意味ありげに変装をしていた。
「了解、こっちも合図するから」
事前にいくつか合図を決めてあり、それに合わせてレオが作戦立案したり自分が行動する。
これが正しいのかという疑問は正直ある。というか間違いだという確信の方がある。
ただこの計画の上で会長のことを色々考えた。学校での会長、告白してきた時の会長、LINEを返しているときの会長、デートの時の会長、そして将来の会長。
考えに考え迷い悩みぬいたその時間だけは紛れもない青春なのだとも思う。
緊張と不安で胸の高鳴りが止まない中、突然いい匂いがしたかと思えば目の前が真っ暗になった。
誰かに目を覆われている?
「だーれだ?」
耳元からは天真爛漫な、しかし意外な声。
「か、かいちょう?」
「あったり♪」
戸惑う僕の回りを踊るようにフリルが舞い回り、背後から笑顔の少女が現れる。
いつものお堅い会長とは打って変わって軽やかな、年相応の「女の子」がそこにいた。
その姿は今回のデートのために幾度となくしたシュミレートのどれにも当てはまらない。
「かわいい」
あまりのその眩しさに理性が止めるまでもなく口走っていた。
自分の声を自分の耳が聞いて、それをやっと脳が認識して。耳を真っ赤にさせながら取り繕おうとするが恥ずかしくて言葉にならない。
会長は面食らったような顔をしたが何か安堵したようで照れながらまた笑う。
「ありがと。ごめんね、待たせちゃって」
その動きもまたかわいい。口が暴走しそうだ。
恋愛とは一緒に過ごした年季が大切、徐々に好きになっていけばいい、なんてほざいてた自分がアホらしい。今間違いなく自分は彼女に恋してる。
何が「好きと言えるかな」「かわいいって誉めれるかな」だ。そんな表面だけの言葉に意味はない。
関係性を続けるためのだけ恋愛に価値などない。
「いや、今来たばっかり。行こうか、しずく」
隣にいたい、この気持ち以上の理由なんていらない。
顔が暑いのは太陽のせいだ。
少し強引に手を繋いで、彼女を気にしながらレオ達から逃げるように足を進める。
ごめん、あいつらの計画は必要ない。
だけど皆で考えたあの時間は確実に必要だったと思う。
あの時間があったからこそ、自分と彼女の2人で思い出を作りたいのだ。今日明日明後日、これからずっと。
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