といれの花子さん

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といれの花子さん

「はーなこーさんあーそーびましょ」  少しの緊張が心臓の音をドキドキと跳ね上げる。  そう言って私は2階女子トイレ奥から3番目の扉を叩く。  キシッと音がして扉が飽いた。  が、中を覗いても誰もいない。  どこの学校にも伝わるであろう学校の七不思議。  その中でも最もポピュラーなものがトイレの花子さんだろう。  このトイレにもそんな噂があると耳にしたのだ。 「扉を叩いたその勢いで開いただけか……」  少しがっかりしながら中に入って洋式トイレに腰を下ろした。  今はお昼休みの真っ只中。  教室ではみんな仲の良い者同士が机をくっつけたりしてお弁当を広げているのだろう。  それを漠然と想像しながら私もランチバックからお弁当を取り出した。 「いただきまーす」  誰に言うともなく小さく呟くと。 「ここは食堂じゃないわよ。衛生面を考えてもお勧めしないわね」 「へぁわ! 」 「ふふ、なにそれ?」  ふいに耳元で聞こえた声に妙な叫び声をあげた。  気づくとすぐ横に赤いスカートに白のブラウス。おかっぱ頭の女の子が立っていた。 「私も色んな叫び声をきいたけど、あなたのは中々個性的ね。ちょっと面白かったわ」 「あ、あ、あなたは誰?」  聞かずとも何となくその正体に見当が付いたが、それでも改めて聞かずにはいられなかった。 「誰とはご挨拶ね。あなたが呼んだんでしょ?」 「じゃ、じゃあ。花子さん?」 「ええ。その通り。私が花子よ、初めまして」 「ほ、本当にいたんだ」 「あら、信じていなかったの?」  小首をかしげながら花子さんは私の顔を覗き込むように見つめてきた。 「えっと、それは……」  私は言葉につまってしまった。  確かに、完全に信じていたわけではない。 「何か用があって呼び出したんじゃなかったのかしら」  そう続けられて、私は更に言葉を返せない。  用という程の用があったわけではない。ただ、噂を聞いて半信半疑ながら試してみただけで…… 「なんで、黙ってるのかしら? 目の前で無視されるのって気分が良くはないわね」  言ってる内容に比べて口調にそれほど非難の色は感じられない。  でも、大した用でもないのに呼び出したといったら怒らせてしまうかもしれない。  が、私はそれでも返す言葉につまったままだった。  いつもこうなのだ。人に何か言われても、相手の気持ちを勝手に先読みして言葉が返せない。相手が気を悪くしないだろうか。怒らせたりしないだろうか。傷つけたりしないだろうか。  そして、それによって自分が嫌われないだろうか。  結果として親しい友達もできず、いつも一人ぼっち。  別にいじめれている訳でもハブにされてるわけでもないけど、仲の良い相手もいない。  お昼ごはんの時みんなが楽しくお喋りしている中を一人で食べるのがいたたまれなくなって、いつしか便所飯が当たり前になった。  でも、やはり寂しかった。一人でいる自分がみじめに感じた。  そんな時たまたまみつけた学校の掲示板で花子さんの噂を目にした。  だから試してみたのだ。  人間の友達を作るのは難しい。お昼を一緒に食べられる相手も見つけられない。せめてお化けでもいいから傍にいてくれたら……。  そう思った。  でも、やっぱり相手がお化けでも同じなのだ。  自分の気持ちを伝えることは適わない。 「ねえ、どうしたのかしら。黙っていては分からないわよ」  花子さんはゆっくりと私の頬に右手を添える。 「ひゃぇ……」  それは想像以上に冷たく彼女がこの世ならざるものだということを認識させるのに十分だった。ふいに怖くなる。 「んふふふ。あなたの上げる声面白いわ。もっと色々な声をあげるようにしてあげましょうか」  その言葉の意味は更に恐怖を煽り私はシンプルにその言葉をひねり出す。 「あ、あの。一緒にお弁当食べませんか」 「私と?」  言われてびっくりするような顔をする花子さん。  その様子に後悔した。  相手はお化けだ。人間の食べ物を食べられるか分からないじゃないか。  さっき、ここで物は食べない方がいいと警告もされている。  余計怒らせちゃうかもしれない。  が、花子さんは穏やかにこういった。 「いいの?」 「はい」 「そう。じゃあ、あなたがまず好きなものをたべなさいな」 「え? いいんですか」 「ええ。その後私が食べさせてもらうわ」 「わ、分かりました」  言って、私はおかずの卵焼きをパクリと口に入れる。甘い出汁の味が口の中に広がった。 「じゃあ、私が次に頂くわね」 「はい。どうぞ」  言ったと同時に彼女は私の口に吸い付いてきた。 「むごっ……。んんっ。な、なにを?」 「私たちはね。こうすることで人の食べているものを身にするのよ」 「そ、そんな。ファ、ファーストキスだったのに」 「んふふ、そうなだったのね。光栄に思ってもらっていいわ。続けてセカンドとサードも貰っちゃおうかしら」  彼女の言葉が終わると同時に私の右手が勝手に動きお弁当の中身を口に入れていく。  私の咀嚼し飲みこみ終わった途端に彼女が唇を重ねてくる。  それは中身を平らげるまで続いた。 「はー、中々美味しかったわ」  そういう彼女に私は言葉を返せない。  その理由は先ほどのものとは異なっていた。  顔が火照っていて心臓がどきどきする。 「ありがとう。退屈しのぎに丁度良かったわ。何かお礼をしなきゃね」 「じゃ、じゃあ。お願いがあるんですけど」 「なーに? できる事なら聞くわよ」 「また、お弁当を一緒に食べてくれませんか?」  元々それが目的だったんだ。お化けでもいい。傍にいてお昼ご飯を一緒にできればいい。 「あらあら、癖になっちゃったのかしら? そうね、それは良いけど。ここでは気が向かないわね。先ほど言った通り衛生面もよくないわよ」 「で、でも。ここでなければ呼び出せないですよね」 「いえ。そんなことないわよ。妙な噂がたってるみたいだけど、私が現れるのはここだけじゃないいの。特にあなたは私と縁ができた。だから、扉があるところならいつでも呼んでもらって結構よ」 「え? だってあなたはトイレの花子さんでしょ」  先ほど彼女自身自分は花子だと名乗っていた。 「いえ、違うわ。私は扉があるところで呼ばれれば現れるの」  そこで私は理解した。  彼女は『トイレの花子さん』ではない。  戸がある所にならどこでも現れる。  そう『戸入れの花子さん』だったのだ。
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