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side 遥
「舞台に立つことは、難しいと思われます」
あっさりと告げられた一言に、固まってしまった思考。
自分だけ取り残された様に進む医者の話は、頭の上を過ぎるだけで、もう何も入ってこなかった。目に写るのは、白衣の隙間から見える、医者がしているネクタイの柄だけ。
その後は、どうやって家にたどり着いたのか覚えてない。気がつくと暗い部屋の中、ベットの端に呆然と座っていた。
上着のポケットに入れた携帯だけが、着信を知らせ何度も震えている。
どれくらい時間が流れたんだろう....不意に鳴り響くインターホンの音。
相手は誰だか分かってる。このまま出なければ帰るような人ではないことも。
きっと、今日僕が医者から知らされることも、事前に聞いていた筈だ。
「......はい」
「....遥 (はるか) 。開けてくれ」
仕方なく、マンションの入口のロックを解除し、玄関の鍵を開けた。
そのままソファに座っていると、その人は、大きなスーパーの袋を片手に、部屋に入ってきた。
「.....灯りぐらいつけろよ」
その声と共に、つけられた部屋の灯り。冷蔵庫を開ける音と、がさがさと食材を詰め込む音だけが響き渡る。
「.....何が食べたい?」
いつもよりずっと優しい声が、僕に問いかける。
「....駿 (しゅん)兄さん......」
「.......どうせ、今日は何も食べて無いんだろう」
「......食べたくないです」
「............じゃあ.....スープでも作っておくから、後で....」
「兄さん!」
顔を上げて兄さんの言葉を遮った。
「.....僕.....もう踊れないんです」
「............」
「......舞台に立つのは.....もう......無理だって」
我慢しているつもりはなかったのに、堰を切ったように溢れ出す涙。
いつの間にか、すぐ側まで来ていた温もりが僕を包み込んだ。兄さんのTシャツの肩の部分が、僕の涙で色を変えていく。
「......簡単に諦めるのはやめよう....何か方法は無いのか.....一緒に考えるから.....」
何か方法......?
実際にはそんなものは何処にも存在しないことを、僕が一番分かっていた。
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