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side 直人 なんとなく確信があった。 今日は金曜日で、東藤さんが研究所に来る。光は、あの花を東藤さんに見せてあげたいと思っているのではないかと.... 最初に見せたいのは、彼で… だから、あんな風にテレビで見たと言い張ったのではないかと。ずいぶん自虐的な考えに、溜め息が漏れる。 でも残念な考えは、大抵当たるもので……。 「......じゃあ....また来週」 薬を渡して彼を見送ると、窓からそっと温室の様子を伺う。 暫くすると、オレンジの灯りが点るドアから光が出てきた。手にはランタンを持って、庭を家とは逆の方向に向かって歩いていく。 ……やっぱり 俺は慌てて、玄関を飛び出すと、光が歩いていった方へ走った。 あそこは…… 塀沿いにある裏口。そこに出入口があるのは知っていたけど、俺は一度も使った事がない扉。 距離を置いて耳を澄ますと、話し声が聞こえる。 少しして静かになった扉を開けると、森へ向かう道を急いだ。 足早に森に入ると、前方に手を繋ぐ二人の姿が見えた。時々、彼の事を気にして振り返る光の姿に、胸の奧がズキンと音を立てる。 俺が知らなかっただけで、こうして二人は一緒に過ごしていたんだ。 俺の前で見せる弟の顔とは違う顔で、彼に微笑む光。雲でもかかれば、こんなによく見えることもなかったのに。 見上げた月があまりに綺麗で悲しくなった。 それでも気づかれないように、二人の後を着いていくと、昼間には感じなかった花の甘い香りを感じる。 この香りは…… 覆い被さるような木のトンネルを抜けた先に、その場所はあった。 丸く縁取られたように、月の光があたるその場所に、探し求めていた花が咲いていた。 あった……本当に咲いていた すぐにでも走り出して確認したい思いを抑えながら、そっと距離を縮め近づくと、二人が花の側にしゃがみこんだ。 花から二人に視線が動いてしまう…… 見つめ合う二人。近づいていくその距離。 目を逸らしたいのに、身体が固まって動けない。 彼の唇が光の唇に触れる。 その瞬間、バランスを崩した光を包み込むようにして倒れた彼。その胸に倒れこむ光。 二人の甘い雰囲気と、花の甘い香りに俺だけが異質な気がした。 冷たくなっていく身体の向きを無理やり変えると、音を立てないように歩きだした。 …………なぜ、俺達は兄弟なんだろう 光との出逢いはこの上なく幸せなはずだったのに……… 思わず見上げた月の輪郭が、涙でぼやけていく。
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